HEADING NOWHERE

三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

ひとくぎり(相当長い)  

ところで3年前くらいに、いくつかの要因が重なって、一定のスタジオへ定期的に通うことは止めてしまった。以降、ときおりスタジオやワークショップで複数の指導者に教わりつつも基本は自己練、というスタイルが確立されたときに感じたのは、ああ、これは自分の弱さや脆さ、そして欲や執着と向き合う修行なんだな、ってことだった。

自宅での練習スペースは、マットの周辺3センチ以上の隙間がないほど狭いし、視界には日常生活のゴタゴタしたアレコレが散乱し、30分以上ジャマが入らず練習ができる日の方が珍しいくらいの環境だ。それでも、そこへマットを広げて練習をする原動力はなんだろう?と常に不思議に感じてた。

スタジオ練を離れた途端に、個々のポーズが「できる・できない」とか、精度が「どうのこうの」ということよりも、練習を「するのか、しないのか」自体が最大懸念事項となった。つまり、「練習をする」ということは、一体なんなのか?という根源的な部分へ、真っ向から向き合うことを余儀なくされたのかもしれない。

日々の練習における悩み事(笑)があるとすれば、それは「カポタでカカトがつかめない」という具体的で判りやすい物質レベルから、「私が”これが練習だ”と思っているようなことが、ちっともできない」という悶々としたマインド問題へシフトしてきた。

やる気も集中力も、自分の内から湧き上がらないことには、お話にならない。スリアのエーカム・インヘールでいきなり撃沈した日が幾度あったことか。そしてそんな自分を叱咤したり、いろんなイイワケを考えたり、もうそっちの方が忙しいくらいで。

もう歳だから無理がきかないし、ポーズの練習より人として生きていくことの方が大事だし、現実逃避的に没頭するプラクティスなんてオママゴトよね、短期集中で燃え尽きるよりも細く長く続けていくのがヨガなんじゃないのー?、頑張って無理するよりも自分に優しく等身大でいきたいものだわ・・・ エトセトラエトセトラ。

要は「私はポーズの練習ではなくて、心の修行をしているのよ」という自負を持つことで、自分のよりどころを作り上げていたのかな、って気がする。だから、少しでも他人から「ポーズの低迷」を指摘されると、過剰反応しては、ギャーギャー騒いでいたのかもしれない。とある指導者に「アナタがここ何年もロクな練習をしてきていないことは明白だ」と言われたときには、「ちょwww ロクな練習って、それナニー?」と、本気でハラワタが煮えくり返った覚えがある。(←だけど図星ですから)

そんなこんなだから、「あー、今日も心地よい呼吸ができて幸せです」とか、「30分という限られた時間で、できる範囲のことを”ただやる”練習ができたわ」とか、とりつくろった”いわゆるヨギっぽい”嘘っぱち仮面をペロリと剥がせば、私はちっともプラクティスを楽しんでなどいなかったのだ。むしろ苦行という側面が強くて、あーシンドな毎日。この日記をつけているのも、そのはけ口としての機能以外は、なんもない。

そんな中で、とりあえず週イチくらいはスタジオで先生について練習しよう、と1年半前からタリ様マイソールへ通うようになった。当然楽しい、面白い、ワクワクする、アジャストしてもらえる、身体も変わる・・・。宅練との差が明確になってきて、なにかがストンと腑に落ちた・・・ あ、結局、この肉体のコントロールは、マインド如何にかかっているんだなーって。例えば自宅では全然デキナイことが、スタジオではスイスイできちゃう・・・そっか、肉体的に衰えたんじゃなくて、私のマインドがそれを制限していたんだー。

このストン!が、よくなかった(笑)

以降、自宅での練習は、「これはマインドの問題だから、無理よね、できなくてもアタリマエじゃない?」というイイワケが大手を振って闊歩し、「頑張らない、自分に優しいユルユル練」に変容していったのだ。いいの、いいの、どうせスタジオ行けばちゃんとできるしねー、とか言ってるイイワケおばちゃん。

結果どうなるか?自宅ではユルっとスタンディングとかハーフプライマリで過ごし、スタジオではガッツリ自分のフルプラクティスという、全く別のアクティビティを平行して行うようになった。それを同じ「アシュタンガヨガのプラクティス」という括りの中に収めては、アシュタンガヨガの多様性を実践している気持ちになったものだ。

さらに昨年は、膝の故障や家族問題で練習自体をセーブせざるを得なくなり、ココロの悶々に拍車がかかった。そして宅練では、どうにもこうにもモチベーションが保てず、肉体的な衰えを実感したあたりで、リハビリという名目の元(・・・素直になれないあたり(笑))週3のスタジオ練にきりかえた。

アシュタンガは毎日練習します、という部分を、とりあえずマット上に立てばオッケー、と自分都合で解釈していたので、スタジオへ行かない日は、ほぼストレッチ運動と化してきた。

それはそれでいいのかな?って思ってた。だって週に3回しかスタジオには通えないし、そこで全力出し切っちゃうから翌日は疲労困憊だから、ほどよいストレッチでいいかな、と。そんな感じの、超二元性プラクティス(笑) これはもはや同じ「アシュタンガヨガのプラクティス」とは云えんぞな、と気がついてる矢先に、「そろそろサードの練習を始めましょう!」と、タリ様からゴーサインが出た・・・ うーん、複雑。

サードの練習に関しては、

1)サードシリーズは相当の覚悟を決めてするものだと思っている
2)サードは必ずしも実践する必要はない(ポーズを進めることだけがアシュタンガヨガではない)
3)土台なくしてチャレンジだけする最近の風潮には同意できない
4)シリーズの流れを、リニア的な肉体遊戯と捉えている指導者には興味がない
5)プライマリでの肉体の健康、セカンドでの精神の浄化、サードでの神性との融合を体現している指導者から一環して学びたい

なんて気持ちがずーっとあったんだけど、それがここにきて再浮上しちゃったものだから、もうそれはそれは(笑)。

3年前に自己判断でセカンドの後半の練習を始め、2年前に単発でクラスを受けた指導者からサードの2ポーズを教わり、バシスターサナまでをマイプラクティスとしていた頃に、タリ様マイソールへ通い始めたのだけど、そこでピシッと「ポーズを先に進めるより、カランダとマユラーサナにもっとフォーカスしましょう」とサードを封印してくれたので、正直ホッとしていたのだ。

ここ1年半はフルセカンドの練習にフォーカスして、カランダUPやチクタクは、できないながらも進化の兆しを見せ始め、練習自体が安定してきた頃に、信頼する先生からサードのポーズをイチから学び始めることになり、とても嬉しい反面、複雑な気持ちが生まれてきた。

えーっと、実はワタシ、週に3回しか練習してないんです。しかもそのうち1日はプライマリーだから、フルの練習は週に2回だけという・・・。こんなんで、サードの練習する資格があるんでしょうかー?

サードの練習を始めるにあたり、身体の準備はできた、師事する先生も見つかった、あとは自分がどれだけコミットできるかの覚悟だけ・・・ となったときに

やべーよ、足りないのは、自分の覚悟だけじゃん?

と、その事実に驚愕してしまったのである。ココロはワタワタしているのに、ポーズは進む、身体も心もシンドクなる一方・・・ あれ?あれ?なんか変じゃない?の蓄積がピークに達したのが先週のコト。イッパイイッパイになった時点で周囲には相当ブチ切れていて(笑)、「もースタジオ練習なんて大嫌い、もう一生宅練でいいっ!」とか聞かれてもないのに宣言したり、「スタジオでしか練習できない人って、練習の意義を履き違えてるんじゃないの?」と自分に向けるべき言葉を他人へ投げつけたりと、更年期のオバチャンのヒステリー丸出し状態。

しかし、そんなギリギリの表面張力も、いつかは決壊するときがくるもので、バブルが弾けたのが先週のこと。とりあえず身を投げ出してみて、どこへ流れるのかを見守った1週間。さて、ワタシの中に覚悟は生まれるのか?とワクワクしてみた。・・・が、なんのことはない、それは既に充分自分の内にあって、期が熟すのを待っていたようだ。

近しい人々には既に宣言してますが、はい、これからアシュタンガヨガバカ人生が改めて始まります。うんと頑張って無理もしてみます。だって現在やらなかったら、いつやるの?頑張らないのがヨガ、っていうのもアリだけど、とりあえずバカ丸出しで、あえて突っ走ってみるヨガバカ=アシュタンギなんじゃないか、と実は本気で思っていたりもするのだから。
スポンサーサイト

category: 未分類

tb: 0   cm: 2

コメント

No title

春だし、色々あるよね~(コメント短っ!)ww

URL | makity #79D/WHSg
2013/02/07 16:45 | edit

No title

きゃー、久しぶり~。。。
ま、色々あるよね~、今度語ろうね!

URL | miwananda #79D/WHSg
2013/02/07 19:20 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://everydayashtanga.blog116.fc2.com/tb.php/635-f78badee
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。