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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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wake up, be aware!  

ワタクシ実は練習中に目をつぶる癖がある。

これには2パターンあって、ひとつは「うーん、気持ちいいー、外部をシャットアウトして逃避~!」というドコデモ瞑想系。下犬や前屈ポーズで昔からよくやる。

もういっこは、「うわ、マジ?やだ、やだ、怖い、こわい、ダメー!」と未知なる恐怖を拒絶する、アタマ隠して尻隠さず系。特にドロップバックのアジャストで、むりくり足首つかんだりするときに、無意識に目を閉じてるようで、起き上がってきたときにはギューっと目を瞑ったまま、というのが常であった。

本人的には「自己放下~」とカッコいいつもりなんだが、要は「なにが起きているのかは感知いたしません~!とりあえず嵐が去るのを待つのみ!」という無責任ぶり発揮。つまり、100%アジャストに委ねてしまい、自分の力で立つ努力は皆無だという事実。

さておき、そんな「気持ちいいから逃避~」と、「怖くてワケわかんないから拒絶っ!」という、無意識に目を閉じる癖に対し、生まれて始めてガツーンと渇をいれたのは蔵衛門で、私は思いっきりカチーンときた。



  -目を開けて、目の前で何が起きているのか、自分が通過しているのは何なのかを、はっきりと見届けろ、話はそこからだ。

  -サインを見逃すな。目をつぶる、身体を固める、呼吸を止める、それらは自分の身体からのメッセージだ。その底にあるのは何なのか?恐怖なのか?何を恐れているのか?なぜ探求していかない?

  -自分の身体の動かし方に対して、漫然と無意識な態度を改めろ。ポーズに対して、動きに対して、はっきりとクリアに自分の肉体と精神を意識しろ。



え?スゴイこと言うな、コイツ何様?とか思いながらも、核心を突いた内容には反論の余地もない。それを言葉にする度胸というか勇気というか、つまりは確固たる自信に感服した。

ご察しのとおり、こういうのに弱い私は(笑)とりあえず自分の無意識のウィークポイントは素直に認め、言われたとおりに改めて意識をはっきり持つようにしてみた。自分の身体の動きや反応から、心の揺れやパターンを認識していく。苦を拒絶せず抱擁し、楽を貪らず観照する。

目を開く、という単純なこと。それだけで、ずいぶんと世界が変わる。

下犬で目を閉じるのは、「気持ちがいいから」なんかじゃない。実は視界に入る他者がウザくて嫌だったからだ。他の人たちが気になる自分を認めたくないから、目を閉じて蓋をする。そんな自分が見えてきた。

アジャストされたドロップバックで、足首を掴むのが怖いのは、「後屈が苦手だから」なんかじゃない。自分の脚だけで立つ勇気がないからだ。他人に頼って自分の責任から逃げる姑息な心根が、いつもそこにある。「私のせいじゃない、私のせいじゃない」、いつも自分はそう言いつづけてきた。

下犬で目を開いてみた。ドリスティをきちんと定めたら、首の後ろがグンと伸びた。そこから背骨が全部一本に繋がった。掌からのエネルギーがお尻に向かって上昇して、足の裏からのエネルギーと出会い、その中間できれいなバランスを取り始めた。え?これが下犬?

アジャストされたドロップバックで目を開いてみた。後ろの光景が見えて、床が見えて、自分の足首が見えて、そこへ伸ばす自分の腕と手が見えた。腰が痛いとか、肩が痛いとか、いつも感じている想像上の障害は視界のどこにもなかった。私はここで腕を伸ばして、あそこに見える足首を掴む、それだけ。そしたら、いつものプチパニックなんて必要なかった。自分の脚でしっかりと立つ感覚があった。いつもは指先だけでかろうじて触れている足首を、ガッツリと掴んだら、とても安定した。その手をふくらはぎの方へ動かされても平気だった。え?これがドロップバック?

うーん、深遠である。
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