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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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カポタのアジャストで私が叫ぶ理由  

毎度お騒がせしております、「またか!」のカポタネタでごめんなさい




改めて自身の練習を振り返ると、やっぱりどう考えても
「別にそんなに痛いわけじゃないのに、アジャストされるとパニック起こしてウガー!」
となっちゃうのが不思議で仕方ない。

反射的にとりあえず「イタイイタイ!」って言っちゃうから
「そうか、私は痛いのか!」と思ってたけど、
終わったらケロリとしている自分がいて、アレ?



冷静に思い起こせば
足先に手が届かない状態からイキナリ踵をつかまされるような
そんな無理を強いられているわけじゃない。

このポーズにも随分慣れてきて
自力で足裏のまんなかまでは手が届くようになったし
変なハナシ一人でやったほうがずっと深くポーズに入れる。

なのにアジャストされると途端に
ダメダメのメタメタになること自体が変だ
doesn't make any senseだ。
神様一体なにがナンナンダ?
アーナンダってナンナンダ?


さては・・・
これは肉体的なものじゃないのではないか?

と、先の練習時(の大騒ぎ)で確信を深めた翌日、
ここは一発ヴィパッサナ実践者たらんと、
自分観察@カポタのアジャスト



まずは独りで、ゆっくりじんわりとカラダの前面を
「伸ばして、伸ばして、ぶら下がって、降りる~」
のカポタ様を2~3回。

足裏の真ん中くらいまでは手が届くが、
いかんせん汗で滑ってばかりで焦る。
(焦りで緊張の土台を作っている模様)

気がつくとシッカリ待機中の先生の足元が視界に入り、
ここでまず緊張がピーンと内に宿る。

先生、足の爪がデカイ・・・とか、
ほかの事で気を紛らわせようとしても、ダメだ。

もうこの状態では、独りでやるのと同じように、
ゆっくりじんわりカラダの前面を「伸ばして、伸ばして・・・」
が、まったくデキナイ。

メデューサの眼光に射てやられたか、
カチーン!と全身が石化、
ここまでカラダの硬い人はまずヨガなどやらないだろう
(すでに意味不明)

先生、大抵この辺で見かねてとりあえずカラダを降ろしにかかる。
(後ろではドロップバックを待ちわびる方々複数名・・・スマぬ!)

とりあえずの私、両手を合わせて後ろへ反っていき、
頭と手の重みでぶら下がる、
腰椎にかかる負荷が相当キツイ。

「目で足探して~」
ったって、んなもん見えやしねーよー。

なんか他にも色々言ってくれてるけど、
頭の中で爆音が鳴っているから聞こえねーんだよー
(@ゆら帝)

つかこちとら全身ババババリバリーで、てやんでー、ぎゃー!

・・・なんて余裕なくしてるところへ、
手を捕まれてグイと引っ張られる拘束感を感じたら最後、ここで来る!

胸のど真ん中の奥のほうに、
野蛮で力強くて原始的で動物的なナニカが潜んでいて、
それがなんかの拍子にウガー!っと飛び出してくる。

慟哭のような野太いアニマル声が溢れるように洩れて、
それを抑えようとする理性が、
自分のカラダをさらにギューっと束縛緊縛
ガンジガラメで固める固めるカチンコチン。


そこへアジャストという物理的な力が加わっても、
カチカチに凍ったゴムを伸ばそうとしてるだけで、
溶けるのを待たない限り無理というか無謀というか。

今にもパリンとカラダが粉々に割れちゃいそうで、
とてつもない恐怖が全身を貫く・・・ぎゃー!

怖い、怖い、怖い、ダメ、ダメ、ダメ、やだ、やだ、やだ
もー、1ミリも動きませんっ!



ここで、腰を下に落とすか、カラダを左右に振って、
ポーズから逃げようと必死こく、
先生あわてて押さえつける、
私逃げる。

なんだ、これ?
サリバン先生vsヘレンケラー?

結果、足先にすら手が届かない中途半端なカポタサナができあがる。

結果、非常に中途半端で痛い辛いシンドイの5呼吸

こんなん、毎回やるんかい?





なんか、きっと、なにかを押さえ込んでるのかな?って、それだけは感じる。

出てこようとしているナニカを出してあげない限り、私は肉体を解放できない気がするぞ。

恐怖の源はナンダ?トラウマか?前生の傷か?

なんてタワケゴトはどーでもいい。

とりあえずは、あんまりグチャグチャ考えず、やることだけやっていこう。

ギャーギャー、ワーワーうるさいのは恐縮だけど

檻からトラを出すような気持ちで、ちょっとずづ、ちょっとづつ

自分の中のナニかを、let it go していきたいもんです。

「よし、とりあえず、やる」

っていう決意とちょっとだけの勇気があれば

いつまでも、ここに留ることもないんじゃないかな、と。



たとえば芯にある真な部分(なんだそりゃ?)にキリリと集中しておくと
大抵の騒音や雑音は消えていく、とか。

自分の体はもはや自分のものではない、
という意識がスコンときた時の無重力さ、とか。

「この私」がこの肉体を制御しコントロールしているのではなく、
大いなる存在というか力というかエネルギーというか(始まったよ)
そーゆーものに委ねるがごとく、
同調チューニングばっちり状態で起きる「アノ感じ」とか
(単にラリってるだけともいう)。

そんなこんなの日々の練習で得た紙一重な気づきは、
甘々の楽チンな状況で遊ばしとくんじゃなくて、
このどでかいカポタの壁をぶち破るためにこそ
応用すべき時がきたのかもしれない、
いやマジですよ。




と、鼻息、荒い

夏も、もう終わる、9月。





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