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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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3度目のドミニク先生  

6年前に頸椎ヘルニアで倒れ、アシュタンガヨガでリハビリをしていた時期、ちょうど代行で日本に来ていたドミニク先生の元で、毎朝の練習をしていた。

典型的なアシュタンガヨガの「エゴトラップ」にまんまとハマり、起こるべくして起きた「ケガ」をキッカケに自分のココロとカラダの見直し作業を余儀なくされた、アシュタンギ4年生の初々しい足掻きぶりは、今となっては懐かしい想い出になっちゃったけど、その時の気持ちは、ちゃんといまでも自分の中にシッカリ生きてる。

自分の心と身体の、傲慢な驕りと、謙虚さと思いやりのなさ。
その醜さを隠蔽して、とってつけたキレイゴトで取り繕った「いわゆるヨガ的な」偽善ぶり。

スローダウンすることで、挫折を受け入れることで、
エゴ以外の部分に身を委ねることで
そういった自分の心と身体の破綻ぶりが、ハッキリ見えてきた。

そっか、ここがスタートラインなんなだぁ、と
こっから、もいっかい、はじめるんだなぁ、と

チンケなエゴとプライドでできてた自分の心を一度ブチ壊して
思い込みと習慣でガンジガラメになっていた自分の身体を一度ブチ壊して

外側だけの上っ面よりも、その下にある本来の肝心な部分を大切にして
身体も心も合わせて、素直にそのまんまで「いきる」ことを、改めて感じた。



そんなコトを、誰に言うでもなく、マットの上で何度も思い巡らし、時に凹みかけては勇気を奮い起こし、やっぱり不安や不信に押しつぶされては、さらに凹んだり・・・。そんな繰り返しの中、それでも「この練習」をする覚悟と勇気を与えてくれたのは、ドミニク先生の元で練習を重ねた、あの「ひと月」だったんだと思う。

肉体のポーズのカタチを追い求めるコンディションではなかったからこそ、肉体を超えた部分で、「ヨガってなに?」「アシュタンガってなに?」「なんでこんなことやってるの?」の禅問答が、毎日のマットの上で繰り広げられていた当時。

心身共に、もんどりうって、のたうちまわる、みっともない姿に、余計なジャッジメントやチャチャを入れず、むしろ「それでよし!」と、でっかくあたたかく見守りながら、
Do your practice
Yoga will work for you

そう言って、しっかりと「進む方向性」を指し示してくれた。

あれからずい分と経って、色々と変化もあったけれど、それでも大事な本質の部分は、いまでのちゃんと心の奥底で、しっかりと光を灯している。どんなに揺れても、ブレても、戻ってこれる核心の部分。

来週から2か月間、ドミニク先生の代行マイソールが始まる。

また、しばらくぶりに、まっさらな子供の気持ちになって、練習を純粋に味わえるのは、なんだかとっても嬉しい。
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