HEADING NOWHERE

三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

物事を複雑にしているのは紛れもなくこのオツムである  

相も変わらず、ゼイハアとシンドイわー、なんてやっておるのだが、では、何が一番「シンドイ」のかな?と振り返ったときに見えてきたのは、それは物質的な肉体そのものへの負荷やストレスではなく、もっとココロの領域マターだな、ということ。

物理的な肉体は、ありのままをさらけ出すようにココに在るだけの話で、それは8キロも太っちゃったから、お腹周りがもたつくとか、両手が届かないとか、関節に負荷がかかりすぎるとか、そういう「原因があって結果がある」というカルマの法則の事象・事例シリーズみたいなもの。

たとえばスプタクルマで両手がバインドできない・・・といった「過去の自分」の身体感覚が通用しない事実に、「あれ?あれっ?」と狼狽え、焦り、「えいやっ、もうちょいっ」と足掻きはじめるような、一瞬の間に展開する「思考パターン」が、もうね(笑)、愉快というか、「そこまで典型的であっていいのか?」と自分にハッパかけたくなるくらいで。

だってさ、太って、身体の体積容量が増えていても、四肢の長さは変わらんワケでしょ?んじゃ、「いまのワタシのカラダは、この状態である」という部分でドッシリしてればよいものを、過去の自分と比較したり、周囲の人たちと比較したり、思いっきり無理して頑張ったりと、なんか無駄な「修行」を課し始めるんだ、放っておくと。

カラダはさ、問題じゃないんだよね。健康であっても病気であっても、タマシックであっても超ピッタでヴァータであっても、ガリガリに痩せていても、ムキっと筋肉隆々でも、デブデブに太っていても、「それはそれ、以上」の世界。問題は、特にアシュタンガなどというフィジカルなエクササイズと紙一重のスピリチュアルワークをしている者にとっては、ではそれ(肉体)を、ワタシ=という概念を司るものが、いかように取り扱っていくのかを、素直に見届けることなんじゃないかな、と。
なんてことをね、言葉ではなくて、筋膜とかインナーマッスルとか、そういうTarzan的な自分が本能的に感じ取っておりましたよ。いやいや、肉体そのものは、我々の姑息で小心なエゴなんかより、よっぽど核心をついてらっしゃる。
スポンサーサイト

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://everydayashtanga.blog116.fc2.com/tb.php/1271-aca54d0e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。