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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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ハンドスタンド  


好きだから、楽しいから、ワクワクするから、まーーーーったく気づかなかったけど、アシュタンガヨガの練習の中で一番不得手なのは、恐らくこのハンドスタンドなんじゃないかと、ふと思った。

かれこれ7-8年も毎日数十回やってきたってことは、一体何千回の反復練習をしてきたことか・・・にも関わらず、いまだにブレるのだ、これが。10回に2回くらいはブレずに脚も上がって一瞬静止はするけれど5秒も停止できず。

それでも、毎回毎回のチャレンジが、身体の使い方や、呼吸への意識、心の機微の状態も含めた探求と発見の連続で、驚きと気づきに満ちていて、まったく飽きず、エキサイティングですらあるから不思議。

苦手なポーズや動きは、「やってみる→できない→ショック残念→なんでだろう・・・」というネガティブスパイラルに簡単に陥りやすいけど、その微塵すらないのがハンドスタンド。

ま、単純にアドレナリンの成せる技だとも云えますが。




んで、なかなか安定しない中にも、ときたま「おおっ!」っと、落ち着く時もあって、その都度「すわ!ついにハンドスタンド制覇かっ?」とどよめくのだが(そして都度ブログにも大げさにしたためるのだが)、気が付くとまたグラングランに揺れまくっている・・・というのがよくあるパターン。

で、今回もまた、数週間前に、「え?ナニコレ?」と、突然土台の安定感がパワーアップ。神様の気まぐれかしらん、と怪訝な気持ちで数週間に渡って検証した結果、確かに土台のブレの振れ幅が収まり、その上にやっと脚を乗っける準備ができた模様。

うん、そうか、この感触が、強固な土台。だとしたら、いままでのは随分と脆弱な土台モドキだったのね・・・ と、やっと体感で理解するくらいに、その差は歴然。

これがまた、一時の勘違いに終わるのか、このまま安定が定着するのか、それはあんまり「自分でコントロール」しないように、神様の思し召しに任せることにする。
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静かな流れ  

6月に新しい勤務先での始業時間が早まったのを機に、それまで2時間近く費やしていた練習時間を、約半分の1時間ちょっとに短縮することに。


最初のうちは、超早巻きでこなす練習に息切れしてグッタリ&ゲンナリしていたけれど、人間の適応力というのはスゴイもので、日を追うごとに余分なアレコレは自然淘汰され、気が付けばそれなりに、シンドイなりにも流せるようになるから不思議。


あんまり意図的に、そうしたワケではないけれど、改めて振り返ってみると、限られた時間内で無駄なく効率的に練習を行うために、手放したものがいっぱいあった。


本当は必要なかった余分な動きや呼吸はもとより、身体の特定部位に働きかけようとする意図、より繊細に深部にまで響かせようとするエゴ、限界を超えようとする意気込み、気持ちよさを求める貪欲さ・・・数え出したらキリがないけど、つまりは、ポーズを行う上での充足感というか、一種の「やりがい」のようなモノを一旦ナシにして、とりあえずは、現在の自分の心身が許す範囲内で、決められた型を、決められた呼吸と流れに則って、粛々淡々と行うだけの練習に、自然と切り替わっていったような気がする。


ポーズや動きの達成感を求めず、心地よさや解放感を追いかけず、肉体に宿る神秘を探求することもなく、ただ呼吸ひとつひとつに身体を重ね、一瞬一瞬に静かに集中するだけの、単なる毎日の日課。できるできないもなければ、気持ちイイも痛みも関係なく、心身の変化に一喜一憂することもない、ある意味とてもフラットで、空しいけれど自由な感じ。


そんな練習を重ねることで、色々なフィルターで靄がかかっていた私の視界が少しづつクリアになってきて。

物事の本質というものは、この世のしくみというものは、実は思っているより、ずっとシンプルにできているのだなぁ、とか。

そこに不確実性を見出し、勝手に不安になり、勝手にドラマを作り上げ、勝手にストレスを生み出し、葛藤することで、自身の存在意義を確信したいだけなんじゃないかな、私達は?なんて。

一瞬一瞬に集中することの、瞬間瞬間にしっかりと存在することの、そこから生まれる途轍もないパワーの片鱗に触れては、畏怖の念を覚えたり。


でもね、それもこれも、いまだからこそ、なんだろうね。
3年前でもなく、2年後でもなく、昨日でもなければ、明日でもない。


いま、ここで、息を吸っているときには、数秒後に吐く息のことなど思わずに、ただこの吸う息の中心に静かに佇むだけで、いいのかな、って。



川の流れを見るときは、その源も下流も追わずに、目の前の煌めきだけを瞳に映すだけで。

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