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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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good attitude and happy smile  


片手でふんわり包めるような

ちっちゃな鉢の中に

はからめ(ベンケイソウ)と雑草

まるで小さな宇宙をみているよう



hakarame.jpg



古びた硝子瓶の向こう側

ぼんやりと光がにじむ

視点を少しずらすだけで

新しい世界が広がっていく



bottles02.jpg



ヨガをやって突き詰めていくうちに

世界をどんどん狭めていってしまうのは

ちょっと違うよなぁ、と思う日々



世界が、視点が、広がりを持たなかったら

きっと私たちは愛も思いやりも

どこかに置き去りにしてしまいそうだ



colors.jpg





トラディショナルな練習方法ではない
というのは重々承知の上で
ちょっと心に決めたことがいくつか

全部できるかどうかは別として^^



日:フルプライマリー +パシャーサナ
月~水:ハーフプライマリー + セカンド(カランダまで)
木:セカンドのみ(カランダまで)
金:プライマリーのみ



ドロップオーバーはハンドスタンドが安定するまでやらない


ハンドスタンドの練習は余力があるときだけ行う
ヘロヘロの状態で無駄なことやらない


パシャサナが心地よく出来るようになったら
ハーフプライマリーを飛ばしてセカンドのみの練習へ


アーダコーダと模索しつつ何度も繰り返したり
予備ポーズや準備ポーズをやるのは
最後のカランダだけにする


「自力カランダ」を真面目に練習する
できない、むり、で拒絶しない

真面目なナバーサナ
真面目なウトプルティ



メインの練習は1時間を目安に集中しておこなう


アサナを征服しようとする姿勢を正し
敬意を払い信頼して任せる気持ちで接する


身の程、身の丈を知る


練習を人生のすべてにしない


でも練習を愛し、信じてく



0829.jpg



あ、そうそう

久々にマシュー本をパラパラ読んでたら

あ、これ・・・!ってセンテンスが

いくつか目に飛び込んできた






Doing a shorter practice and doing it well (with greater awareness) is far more beneficial than doing a longer practice badly (with an over-achieving mind-set)
達成感に囚われたマインドで長時間かけて行う練習よりも、明晰な意識を持って短い時間で練習を上手く行うことのほうが、よほど有益である。


Firely nature of the practice also heightens awareness; the feeling is of moving forward. Eventually, however, there are only two possibilities: soften or burst. You either give up (or your body does) or you learn to relax into the reality of what is: self acceptance.
練習に対する激しい熱意は意識を、前進しようとする気持ちを高める。しかしそれは、結局最終的には「和らぎ軟化する」か「一気に爆発して決壊する」かに落ち着くのだ。あなた(もしくはあなたの身体が)ギブアップするか、もしくは、ありのままの現実の中でリラックスする術-すなわち「自己受容」を学ぶか、のどちらかに。


The warm up attitude is often about non-acceptance. Practice with continuity.
(アサナの前に)ウオームアップ(などのバリエーションを加える)を行う姿勢は、たいてい「現状を受け入れられない」ことの表れである。

Accept your body as it is, nos as you want it to be.
あなたの身体の「あるがままの状態」を受け入れよう。あなたが「こうありたいと思う状態」ではなくてね。


A good attitude and happy smile are far more important.
良い態度と幸せな笑顔は(規律やルールより)、なによりもとても大切。





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呼吸に乗る  


今日は久々に
以前のスタジオで練習

開始前に
ちょっとしたインテンションを心に

昨日と同じく
メトロノームに乗っかったつもりで

余分な呼吸も
余分な動きも
余分な休憩もいれず

決められたビンヤサどおりに
淡々とプライマリー


backhome.jpg



ポーズから出てビンヤサ

ダウンドッグ
吸いながらジャンプ
スルーして
吐きながら着地

次の吸気で
ポーズにすぐ入る

ここがテキトウに
ならないように

全ての動きを
呼吸に乗せる





ポーズをキープしてるときだけ
呼吸を意識するのは簡単

ポーズをキープしてるときも
ビンヤサで繋ぐときも
同じペースで呼吸を続ける

意識的に

そしてそれが
いつしか無意識になる





深く、だけど、力まず

口腔内を固めず
鼻で音を立てず
気道を開くように

ウジャイ呼吸

そこに自分を乗っけていく

自分の深い呼吸に
包まれる感覚



shore.jpg




深い海の底で
ダイビングをしてた頃の

自分の深い呼吸しか
聞こえない世界を
思い出した

水中で保つ中性浮力
むやみにフィンで蹴って
珊瑚を傷つけないように
呼吸で肺の空気量を調節して
深度をコントロールする

やさしく、おちついて
深く吸っては上に上がり
ゆっくり吐いては下に下がり

そんな風に
呼吸に自分を乗せていた





陸に上がった今も
同じようなことやってるけど

あの時のような
やさしさと、おちつきは
なくしちゃった気がする

なんだか無性に海に
戻りたくなってきた



issiki0824.jpg



正味1時間でフルプライマリー
&バックベンド~ドロップバックまで終了

その後ゆっくり30分かけて
フィニッシング~シャバ~プラナヤマ
&ちょっとだけ目を閉じて瞑想

昔と違ってゆとりが生まれてる
昔と違ってスペースが生まれてる

それはポーズひとつとっても、そう
心のありようも同じくらい、そう





ひとつなにかを手放すと
新しいなにかがやってくる







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As it is  

本日は正統派(笑)で
パールシュボッタナーサナから
直接パシャーサナへ

余分な休憩や余分なストレッチ
汗フキタイムや髪直しタイム
そんな邪魔モン一切いれずに
正しいビンヤサのカウントで
サクサクとフロー重視で
カランダまでガーッ

ベサーサナでぺっとり足がつかなくてもよし
カポタでカカトがつかめなくてもよし
スッポリと深くLBHできなくてもよし

身体が硬いんだったら硬いなりに
準備ができてないんだったらそれなりに
ありのままで自然体でポーズに入る
今の自分をしっかり受け止める

本来ならもっとできるはず、とか
身体の準備が整えば更に深く入れるはず、とか
そういうワケわかんない言い訳はオシマイ

ああだったらいいな、とか
こうありたいな、とか
そういう希望をよりどころに
現状から逃避するのもやめにしよう

いまの自分の環境や
自分の心身コンディションを否定しない
そっくりそのまま受け入れる
その上で、その中で
自分のベストを尽くせばよいだけ

以上でもない
以下でもない


blur.jpg



これまでずっと
アサナの深さを求めすぎてきた

それは先生のアジャストを待ったりとか
ポーズに入る前に余分なストレッチしたりとか
不必要に長くポーズをホールドしたりとか

そうすることで当然身体は開くし
現状プラスαくらいの深みが
アタリマエ化してしまう

そして常にそれを求めてた
その渇望にすら鈍感になってた

まずは、それをとりあえず一掃して
ありのまんまの私の状態で
できることをやる練習が必要

今朝やっとそれに気づいた


lotus02.jpg



サクサクでハーフセカンド
スリアからカランダまでで1時間弱
ハンドスタンド~ドロップオーバー入れて1時間強
フィニッシング~シャバ~プラナヤマ入れて1時間半

久々の集中力
身体的な疲労はともあれ
精神的には非常にクリアで満足

プライマリーをやらなくなってから
すっかりご無沙汰していた
アシュタンガ・ビンヤサ・ヨガの
肝心要なフローの部分

久々に感触が戻ってきた気がする





爽快




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なにかが違う  

先日の練習を振り返る
ハーフセカンドだけじゃ身体が開かず
ポーズが辛くて不貞腐れて挫折・・・

それではちょっと準備が必要?と
本日はまずハーフプライマリー
それからセカンドに入ってみるも
反対にダラダラと時間かけすぎて
途中で力尽きてしまう・・・ (*▽*|||

なんだ?私は
中庸というものを知らんのか?


sunset.jpg



きっとこれは習慣的にダラダラと
休み休みやってるからに違いない
2時間半以上もチンタラやってたら
体力も集中力も途切れるワケだ

なんかやり方がおかしいな
ちょっと仕切りなおしが必要かも





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ローでちょっとハイ  

ローフードなんて、しゃらくせー

とハナから偏見色眼鏡かけてたワリには
実はちょっぴり食生活にローを取り入れてる



あ、もちろん
100%ローフードというのは論外

玄米菜食に慣れ親しんできたし
調理した食事は大好きだし
時には魚や肉も食べるし
マクロビ仕立てのお菓子作りが
趣味だったりもするし



食生活に関して
我慢する、切り捨てる
というアプローチは嫌だ

良いものを取り入れる
自分でアレ・コレを選択する
自分のバランスを優先する
というのがいい

ということで、ローフードも
まずはプラスオンしてみる
ところからスタート


breakfast.jpg



実はここのところ
特に夏場になってから
タマスパワー全開で
ジャンクな食物ばかり口にしてて

毎日アイス2個3個とか平気でペロリ
食事代わりにポップコーンとか
長距離通勤のお供に
ギトギトと甘いアマンドクロワッサン(定番)
・・・そんなものでとりあえず血糖値だけ上げてた
私の2009年のサマータイム・ブルース



ローフードの扉を叩くことで
そんな悪癖に一区切りつける
よいキッカケとなったことは確かだ

とりあえずは、習慣だけで口にしていた
ジャンクもの、特に砂糖を一掃してみた
それだけで身体も心も3倍は軽くなる

東京へ行くことなく地元で生活しているので
朝練後の買い食いやスタバ立ち寄りもなくなり
練習終われば、とりあえずお家で果物バクリ

1日最低1食はマトモなものを食べようと
しっかり玄米を炊いて野菜料理と共にいただく
と同時にローな食事もプラスオンしてみることに



まずやってみたのが
夏だし調理は暑いしメンドイし
というナマケモノ的理由もあって
野菜も極力火を通さず生ものメインに
って、ただそれだけのこと

地元で取れるオーガニックな新鮮野菜が
やたらと豊富な環境は超ラッキー
火を通さずとも、けっこう美味しい野菜がタップリ


todaysbasket.jpg



それから新たに取り入れたのが
超簡単なグリーンスムージー
私のようなナマケモノでも大丈夫
飲むというよりは、食べる感覚で
ずっしりといただく

これが、すごく良いのだ、ビックリした!



まずお通じが変わる
その昔、菜食に転向した時に
イチバン驚いたのがウンコだったけど
今回もやっぱりそうだー!

量が半端じゃなく、回数もスッゴイ
しかもフワサラのグリーン系ウンコ
見ていて気持ちいいくらいの快便ぶりに
なんだか心が洗われるようで

その人の生き様はウンコに現れる

と確信を深めた


greensmoothies.jpg



でもローフード自体はまだまだ未知の世界
基本はLiving food(酵素が生きた食べ物)らしいので
加熱調理が×となってるのが敷居の高いところ

またマクロビ的見地からは
それはよろしくない、とされていたものを摂り
これはよろしい、とされていたものを避けることになる

そしてなによりも、まんま生サラダ以外は
作るのが面倒くさそう・・・なのがネックか

マクロビや菜食と比較すると
まだまだ情報が入手しずらいので
ボチボチとお勉強してみようかな
とか思うこのごろ

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宅練チャレンジャー  

お家の居間にマットを敷いてサマスティティヒ。


mat.jpg




シリアス宅練戦闘隊稼働開始!のはずか、いきなりダラけたグダグダの困ったちゃん(笑) いや~、お家でシリアスに練習することが、こんなに大変だとは。

一番のチャレンジ事項はカランダでもハンドスタンドでもなくて、ひとりでお家で、ちゃんと集中力をもって、真面目に最後まで練習をすること。まずは、そこからスタートだ。

40分くらいは余裕で集中力も持続してた、むしろ普段よりも深く集中してた気がする。

しかしラグバジュラーナで起き上がれなかったあたりから「ヤダナ~」感がジワジワと沸いてきて。

カポタが全く歯が立たず単なるスプラヴィラーサナ状態に留まり臍をかみ、スプタバジュラーサナで、イッタイドウジタラヨイノ?と途方に暮れた(ToT)

ここで一気に意気消沈モードに入ってしまい、なにもやる気にならなくなって、やたら休憩が入る(笑)

毎回ワクワクとチャレンジしてたバカーサナBさえ、やる気力が失せて、ついに大好きな(はずの)エカバダ右側で沈没・・・

とりあえずカランダだけ練習しとこ、と5回だけトライ。意外と安定してロータス組めたのは、ドヴェイパダ~ティティバーサナのシンドイ部分をすっ飛ばしたから体力的に余力があったんだろう。

これだけフナフナの中途半端だとバックベンドもドロップバックもキツい。潔くドロップオーバーはやめて、ハンドスタンドだけ練習・・・してみたら、あれ?これまた軽くバランスとれてギョギョ。今後は体力温存作戦も有効?

ともあれ、そそくさとフィニッシングやってシャバーサナしてたら、本気で寝ちゃった。





こ、こんなんで、いいんだろーか、宅練って。





なんか、3年前にフィリピンで自己練習してた頃となにも変わってない!アノ頃はまだ初心者だから、ちゃんと練習できないのもイタシカタナイかなと思っていたが、3年後の現在、ある程度の経験を積んだにも関わらず、同じようにダラけきったワケのわかんない練習モドキに終始してる・・・ここ半年以上生活自体がダラダラとタマス化してるせいも、あるけど、もしかしたら、これが私の本質ってことか?

ああああ、なんだか、結構ショック。目に見える「進歩」とか「進捗」とは永遠に無縁の世界で、いやむしろ「後退」を地で行くような、「ああ、こうして私は朽ちて行くのね~」っぽい退廃的なムードが漂い始めている。ああ、私のカポタが腐っていく~、私のエカパダにカビが生えていく~!ああ、誰か、私をラグバジュラーサナから起こして!スプラバジュラーサナをナントカして!(・・・という他力本願的思考が既に失格)

でも、ま、私って、こんな奴だったのかー!という発見だけでも収穫か。



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ひとくぎり  

前日に一色海岸で子供みたいに遊んでたせいか
今朝は週に1回のアシストの日なのに、すっかり寝坊


issiki03.jpg



5時過ぎの電車に乗って、7時前にスタジオ着
8時にはアシスト開始なので正味1時間の練習時間

いままでだったら、急いで、はしょって、
フィニッシングをスキップしてでも
全部のポーズを練習してた
(その原動力は何だったのだろう?)

だけど今朝は、いつものペースで
あわてず、ゆっくりと
おしり20分はフィニッシング用にキープして
40分でできるところまでの練習

3週間前にパッキンとやった鎖骨~肩
少し良くなってきてたのに
今朝はズッキンズッキン超痛い><
肩周りをやってしまうと
ビンヤサは歩くしかなくて
それはそれで楽チンなのでよしとする^^

マリーチDまでやって
お、そろそろ時間^^
だけど、ナバサナ嫌いにも
限度があろだろう、と
マジメにナバサナ5呼吸x5回、エライ!

ブリッジ3回ムニューっとやって
そそくさと場所を移動して
更衣室横でフィニッシング

各ポーズ10呼吸で
ゆったりとフィニッシングなんて
めったにやらないから非常に新鮮
とくにショルダースタンドのシーケンスは
かなり癒される
これ毎日やってたら
腰痛なんて吹き飛んじゃう

いやー、フィニッシング大切!
ちゃんとやりましょうね~(笑)

ビンヤサ歩いてのハーフプライマリー
しっかりシャバーサナまでやって
しめて60分キッカリ
・・・それでもナンカ早くない?

あ、プラサリータ全部飛ばした
あと、ジャーヌもAしかやってないや
あちゃ、最終日にも関わらず
なんとも中途半端な・・・><

アシストもサクっと
できる範囲で自由にやらせてもらう
こんな環境を作ってもらえて
超感謝です、ありがとう

でも、ま、とりあえず
九段下での練習は
今日でオシマイ

仕事が見つかったら
また東京にヨガやりに来ます

それまで皆さんお元気で^^





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はたと気づく  

1月からずっと無職
いまだに仕事がみつからない

失業保険受給中はまだよかった
いまは収入ほとんどゼロ

にもかかわらず
毎日東京まで通って朝練
これって相当の贅沢だ

ちょうど定期が切れて
マイソールパスも切れたので
ここ数日間は
地元でヘラヘラ練習してた

でも今日は実家に用事もあったので
九段下のスタジオへ行ってみた


oshigoto.jpg



交通費とクラス代を併せると
1日あたり5000円の出費
(練習後のスタバ代とかは別)

いくら経済的にだらしのない私とはいえ
こ、これは、ヤバイです
お金的にも、時間的にも
こんな贅沢やっていけません

2時間あまりの練習を終えて
もう一度ジックリ考えてみた

それだけの価値のある練習が
私は今日できたのかな?

スタジオで練習する意義は
なにかな?

「基本は自分の練習」
ならば、自宅でもできるよね?

宅練 or スタジオ練
というゴリゴリの二者択一ではなく

宅練もアリ and スタジオ練もアリ
という風に選択肢を広げて

できる環境のときに
できることをやる

で、いいんじゃないか?





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どっちもアリでいきたいもんだ  

なぜプラナヤナをやらないのか?
と昨日練習の後に尋ねられた

時間がないから

というのが私の返答だったが
嘘ばっか、というのは明らかで(笑)

今日は練習後ナディショーダナをやってみた
練習後にやるのは久々だ

その後軽く目を閉じて瞑想した
言い尽くせないほど気持ちよかった

これまでは、瞑想どころかプラナヤマどころか
シャバーサナですら、時にはフィニッシングですら
端折ってやらなかったりしてたから
メインの練習ドッカン!して
即、現実世界へ戻っていった

これじゃバランスも崩すだろう
だけど、その綱渡り的危うさが
醍醐味だったりもするわけで

別にどっちでもいいけど
好きなときに好きなほうを
選択できればいいかな、と


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ところで今朝の練習
@鎌倉大町マイソール

ピンチャでバランスが崩れやすくて
あれ?あれ?なんで?
なんてやってたら
目線が動いてバランス崩してる、と指摘

両手の間の床の上に目印をつけて
それをずっとじっと見てやるように言われ
やってみたら、あれ?
いつもとバランス感覚が違う・・・!

今までの私の凝視点は「真下」
今日の凝視点は「ちょっと前方」

今までは頭が下がりすぎてたということか?
だから力尽きて頭が床に付いてたのか?

今日はアゴが前方へ出てるから
胸も使ってバランスとってる感覚

ちょっとバナナ系で反りすぎになると
尾てい骨を天井へ向けてバンダ意識するように

そして肝心なのは
呼吸でバランスをとること

おおお、そうか
ドリスティ・バンダ・呼吸のトリニティ
すっかり忘れてました(笑)


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ローフードを試してごらん
と、練習後に言われた

でました断言キッパリと
「ダイエットはアサナよりも重要」

げー、ゴビンダカイみたいなアレ?
そこまで極端な偏食はヤダ~

そこまで身体を浄化しちゃうと
もう下界へは戻りたくなくなっちゃうでしょ?

食べるもの、見るもの、聞くもの、自分の内側に何を入れていくか
ヨガ、呼吸法、瞑想、自分のエネルギーをどう整えていくか
そういったもので私達は自分の身体と心を
いくらでもキレイにクリアにしていける

別に大変なことでもエライことでもない
ストイックにシンプルにクリアに、っていうのは
むしろ反対に心地よいものなのだ

だけど私はそこまでキレイキレイな温室や
隠遁生活を求めてはいないし
生きているのはこの俗な世界だと思ってる

練習後のジャワチップフラペチーノの魔力
ときおり大量に作ってはポリポリと食べるポップコーン
たんぱく質ほしい~!と衝動買いするミミガーベーコン

いまの私はそういうものでできている
不健康っちゃ、かなり不健康
あらま、いいのかしら?




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Choice is yours  

平日の朝練に片道2時間近くかけてた私が
Door to doorで30分未満で練習開始だなんて
なんだか調子が狂っちゃう

鎌倉大町会館のマイソール
ここは湘南、ゆるく練習、地元でビーサン


817.jpg



今朝はヴィラバドラーサナBからパシャーサナへ
プライマリーははしょってみた
それでも十分身体はシッカリ開いている

腕が短いのを言い訳に
ずっと苦手なスプタバジュラーサナ
他人の手を借りずとも練習できるように、と
片手だけで足を掴んだまま
後ろへ倒れるやり方でトライ
おお、これなら肩周りもキッチリ開くし
胸もノビノビ^^・・・しかし起き上がるのが難儀

今日はカランダもちょいとトライ
ロータス組めたが、ドスンと落ちる。
アジャストは、あくまでサポートに留まり
自立してやるように促される。
これまで慣れていた
「降ろしてもらう」「キープしてもらう」「上げてもらう」
という過保護アジャストは一切なしで
(「上げてもらう」はちょっとアリ^^)
バランス崩して倒れそうになったら支えるけど
あとは自分でおやりなさい、って感じ。

ちょっとだけ目を盗んで
ハンドスタンド~ドロップオーバーを数回するも
やはりしっかり見つかり
「余興として遊ばせてください」
とお願いするが、やはりハンドスタンドちゃんとやれ、と。

ドロップバックのアジャストも
ずっと脚をまっすぐにしたままキープさせられ
これまで逃げていた「遊び」の部分がなくてキツイ
でも自分の身体の新しい部分が
どんどん目覚めていくのがわかる

ゆっくりゆっくり、勢いを使わず
脚の力感じて、腸腰筋感じて
重力とのバランスで遊ぶ感覚

チャクラバンダーサナをやってるのは
本当に自力でもできるくらい柔軟な人だけ。
無理やり、根性で、横につぶれた楕円形で
足首掴んでる姿なんてどこにもない。

もちろん限界を超えた部分へ
チャレンジする意義もある
それを促してくれる先生というのも
時には必要だ

ゆっくりと進もうが
ガッツリと進もうが
今自分ができる範囲でベストを尽くす
という意味ではどちらも同じ。

その「できる範囲」を
狭めるのも広げるのも
自分のこころしだいなんだな、と
今さらながらの実感

Choice is yours



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地元埋没型  

んなこんだで、ま、夏だし。
定期も切れたし、パスも切れたし。
ここは湘南なんで、いちおうそれっぽく
ゆるく練習@鎌倉・長谷のマイソールクラス

ここではパルシュボッタナーサナからパシャサナに入ると
コラコラと怒られるくらい、アンチ・トラディショナル。

ネジリが得意じゃないんだから
プライマリーをマリーチDまではおやりなさい、と。

エネルギーが「上へ、上へ」向かいやすいんだから
ヴィラバドラーサナAとBで
しっかりとグラウンディングしときなさい、と。

確かにマリーチDまでやってからセカンドに入ると
既に身体が開いているから負担がかららず
超ラクチンで気持ちよい

風も爽やか、身体もパッカン


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身体にやさしく、心にやさしく
ゆっくり時間をかけて確実に
アサナを通して
自分の変化を楽しんでゆく

しかし、だ
やるべきことは、ちゃんとやる
ごまかさない、ズルしない
それは徹底してる

肘が左右に開いて潰れてる
なんちゃってカポタ
→そのままでカカトや足首掴んでも無意味
→→ピンチャの土台にも繋がるから、しっかり肘閉めて少しずつ開いていくように

まだシッカリと安定してない
なんちゃってピンチャ
→その土台にカランダを乗っけるのは無意味
→→ピンチャでゆっくり20呼吸キープが先決、カランダはその後のお楽しみ

まったくバランスとれてない
なんちゃってハンドスタンド
→バランスキープせずにドロップオーバーなんて無意味
→→ハンドスタンドでゆっくり5呼吸キープが先決、ドロップオーバーはそれからやりましょう

脚をまっすぐにキープできない
なんちゃってドロップバック
→膝をうんと曲げてムリクリ足首掴んでも無意味
→→膝を曲げないドロップバックとアジャストをゆっくり念入りに、勢いは一切使わないこと

このスタンダードからすると
この私がチックタックや蠍のポーズなんて
噴飯モノだろうなぁ(笑)

チャック&マティのマイソールみたいに
ゆっくりと必要であればプロップを使って
着実に土台から身体を変えていく練習は
目先の派手さや達成感はないけど
長期的に見れば非常に理にかなっている

ただそれはトラディショナルな
アシュタンガ・ビンヤサ・ヨガではないし
ある意味「ルール違反」なのかもしれない

「ヨガ・マーラ」に書いてないことテンコモリの
地元のアシュタンガヨガクラス

ま、夏だし、無職だし、ここは湘南だし
しばらくは地元に埋没してみようかなという気分




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残務処理  

おとついの木曜日、ダンさんがシンノシケの臨時代行として、九段下のマイソールクラスを担当。彼が日本を発つ直前の、事実上の最終クラスとなった。

最後だから記念に来ました~^^的な、一部のお祭り気分な参加者さんは除いて、これまでこのスタジオで日々の練習を続けてきた人たちはみな、なにひとつ特別なことはなく、普通に黙々といつもの練習をした。胸の内に様々なものを抱えながらも、時折グスグスと鼻をすすりながらも、淡々といつものポーズをとり、呼吸をする。「そう、それが練習」とばかりに、なにも語らず、だけど、とある大事な何かを、そこにいる人々が静かに共有しているような、そんな空間だった。

私もいつものように、いや、いつも以上に静謐な心持ちで、いつもの練習をした。カポタサナでアジャストを受けて足首掴んでオオオーとか思って、カランダでアジャストを受けながらもドスンと落ちて、チャクラバンダーサナで足首掴んで思いっきり腰痛めてアタタタ、って、そんないつもと変わらない練習。

「これが最後なんだなぁ」
とかいう感傷的な気持ちは、不思議と沸いてこなかった。なんだか、そういう次元を超えたような、例えば胸が張り裂けんばかりに泣き尽した後の父の葬儀のような、どこかでスコンと突き抜けちゃった感覚。

寂しい気持ちは、もちろんあった。アリガトウの気持ちも、たくさんあった。だけど、なによりも、新たな世界にチャレンジする彼の前途に、心からのエールを送りたい気持ちが一番強かった。ワクワクするね、頑張ってね、楽しんでね、と、笑顔でポンポンと背中をたたいてあげたくなるような、そんな気持ち。

練習後は誰もが最後のアイサツをして、ウルウルと涙ぐんだり、ハグハグしたり、記念撮影しては笑ったり。そして、ひとり、またひとりとスタジオを後にする。ガランとしたスタジオで帰り仕度をする姿が、やっぱりいつもと変わらない光景で、床のモップがけをしながら、「バイバイ、お疲れ様、また明日ね」と、ついつい言ってしまいそうな感じだった。

これまで各地を転々としてきたせいか、馴染んだ人々とサヨナラすることには慣れていた。東京で、大阪で、サッポロで、ロンドンで、フランスで、フィリピンで、インドで、(その他たくさんの南の島で!)沢山の出会い別れを嫌というほど繰り返してきた。あの人も、この人も、みんな心の奥に大切にしまいこんで、いつでも取り出せるようになっていて、思い出は確かにいつまでもキラキラと輝いたまんま、その時の、その瞬間の、空気とか匂いとか感覚が、いつまでたっても色褪せずに、永遠に残っている。

今回もまたしかり。またひとつのサヨナラが人生レコードに追加された。こうして年をとってゆくのだな、とシミジミとした。時は真夏まっさかり、湿気た空気と蝉の声、空はどこまでも高く、ジリジリと照りつける日差しに目を細めつつ。


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翌日の金曜日はアシストを勤める日。昨年の10月くらいから始めたダンさんのマイソールクラスのアシスト。当時は会社勤めもしていたので、自分の練習、アシスト、残業、長距離通勤、家事などでイッパイイッパイな中、睡眠時間をギリギリ削ってなんとかこなしてた。そんな「物理的に無理でしょう?」という条件にもかかわらず、毎日毎日夢中になって続けてたのは、なんでだろう、と今更ながら不思議に思う。

クラスが終わってからの、ほんの10分から30分の限られた時間で、「アシストの練習」という名のもと、言い尽くせない程の色々なものを、毎日毎日飽きもせず本当に懇親丁寧に教えてもらった。アサナのアジャストのしかたはもちろん、しかしそれよりも比重が置かれたのは、マイソールクラスという特別な環境で、沢山の生徒達とアサナというツールを介して、どのように向き合っていくのか、それがひいては自身にどのような学びや気づきをもたらすのか、といった部分だった。一定の距離を置きながらも深い次元で関わっていく、そのバランスのとり方。肉体的表面的な部分だけでなく、精神状態やエネルギーレベルをどのように測っていくのか。触れることによって、伝わるもの、跳ね返って来るもの、共有するもの・・・。

ダンさん自身が経験から得た学びや気づきを、惜しげもなくシェアしてくれたのは、多分それがヨガというものの中に連綿と伝わる大切な部分だからなんだろう。師から弟子へ、先生から生徒へ、そのエッセンスは様々な形式を通して伝わっていく。アサナの進捗が芳しくない上に、頑固で聞き分けがなく生意気である、というトンデモな生徒であるにも関わらず、(いや、だからこそか?)、時には口論になりながらも、サリバン先生ばりの辛抱強さで、ここまで指導してくれた日々は、かけがえのない宝のような時間だった。

残念ながらヘルニアになってからは、ペースダウンして週に2日となり、ついには週に1日だけのアシストとなった。続けたい気持ちは強かったが、現実と向き合ったときに、自分の生活と練習とアシストを上手く両立できないことは紛れもない事実で、受け入れざるを得なかった。挫折感をひきづりながら、モチベーションを一気に失いながら、たったの週1回だけのアシストに身が入るわけがない。不貞腐れながら、無意味な反発ばかりしながら、まるでダダッコのように振舞う私に、それでも決して匙を投げなかったのは、多分未熟な私のスネ具合を見透かしていたんだろう。

ともあれ、ダンさんが去った後も、これまでどおり金曜日はアシストをする日。朝4時に起きて始発で電車に乗って、まだガランとしたスタジオで自分の練習を始める。最後方右端の定位置にマットを敷いて、エーカムインヘール、スリヤナマスカラ・・・あれ、自分の左側前方の視界に、いつもそこで練習していたダンさんの姿がない。あ、そっか、そっか、そうだった、もう今日からはシンノスケだったんだ。

なんて思ったら途端に涙がボロボロ出てきた、ヤバイ。泣くとダウンドッグの時窒息しそうで、辛いことこの上ない。金魚のようにパクパクと口呼吸で続けるスリヤナマスカラ。そのうち落ち着くだろうと高をくくっていたけれど、意に反して涙は一向に収まる気配を見せない。あれ、どうしたんだワタシ?

泣いてる、っていうか、胸元からしゃくりあげるような嗚咽まで洩れてきて、ちょっと尋常じゃないな、と感じた。生徒さんたちがどんどん増えてきて、これは心配かけちゃうなぁ、と思い、練習を中断してベランダでしばらくオンオン泣くことにした。ティッシュいっぱい使った。

いつもの慣れ親しんだ場で、大切な人の不在をヒシと感じることほど、寂しいものはない。一気に色んなことが脳裏に浮かんでくる。他愛もない、なんでもない、ちょっとしたこと。ニヤリと子供っぽく笑う横顔とか、デッカイ足の親指の爪とか、アジャストされたときの掌の温かさとか、遠くから聞こえてくる声とか、そんなこんな・・・なんか、自分の反応がまるで恋人に去られた傷心のオンナみたいで唖然とした。だけど、そっか、本当はこんなに寂しいんだな、と、認めざるを得なかった。


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photo by Zen




そういえば金曜日はプライマリーの日。プライマリーのエンエンと続く前屈シリーズで、これまた内面にドンドン深く入っていっちゃって、心の奥底に隠しといた気持ちが出てきちゃったみたい。いつものようにセカンドの練習だったら、キツイ~、とか、チャレンジングや~、とかで、上手く誤魔化せてたのかもしれないけど。

いずれにせよ、ちょっとまだこれからしばらくは、自分の心の後始末というか、残務処理が残っているような、そんな気がする8月半ばのお盆休み。




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サヨナラは・・・  

アシュタンガヨガを始めたばかりの頃
「なんだかよくわかんないけど、これはスゴイ!」
と一気にのめり込んだゾッコン一目ぼれの真っ盛りに
習っていた先生はダンさんだった。

仕事と私生活のストレスでヒーヒー言いつつも
九段下のレッドクラスにセッセと足しげく通い
なんだかよくわかんないけど
「あーして、こーして」とビシビシ鍛えられ
カラダが見る見る変わっていく様に
唖然としていた覚えがある。

毎回のクラスが楽しみで
ヨガって不思議、カラダって面白い!
と日に日に熱情がエスカレートしてきた矢先に
ダンさんがマイソールへ長期修行に行くとやらで
彼のクラスが全て終了することになった。

あらやだ、寂しいわー、と思いつつ
ダンさん最後のクラスに参加したとき
クラスの終わりに彼がこう言った

「○○○先生のクラス」だから参加する
というのではなく
皆さんは、これからも
「自分の練習」を続けていってください

ダンさんのクラスがなくなっちゃうから
アシュタンガの練習そのものを止めちゃおうかな?
くらいの勢いでガックシしていた私にとって
これはガツンと一撃をくらった

かれこれ4年前の話

その後結局ダンさんがいようがいまいが
アシュタンガヨガの練習はずっと続けることになるのだが
当時のなんも考えてないピヨピヨの私にとって

アシュタンガ=自分の練習

という構図が、しかと胸に刻まれるキッカケとなった。



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さてその後、フィリピンでの自己練時代や
アシュタンガ以外の先生にインスパイヤされる時代
アサナ以外の瞑想やらプラナヤマやらに熱中する時代を経て
またまたダンさんの生徒として練習することになった。

1年半くらいのブランクがあったけど
相変わらずムッチャきついアジャストするなー、とか
なんでまたそんな無理難題をフツーに要求するのか?とか
なんだ、ちっとも変わってないじゃん、とか思いつつ
普通に淡々と毎日の練習が始まった。

四肢の短いオデブちゃんという身体条件と
ガチガチに頑ななココロを持つが故に
苦労するのがアタリマエという前提で始めた
アサナ重視のアシュタンガ(笑)

それをよりによって
日本一アサナに厳しいダンさんの下で練習するなんて
もうこれ自体が「仕組まれた運命」みたいなもので
だからこそ、不必要に悩んだりもんどりうったり
余計な寄り道イッパイしながら日々の修行が始まった





アサナ、アサナ、アサナってさー
ヨガってそれだけじゃないでしょー?

そんな疑問にぶち当たるのに
さほど時間はかからない

どんなにやっても、やっても
それでもできないものはできない

かんたんにできるひとと
いくらやってもできないひとがいる

努力が必ずしも比例しない
アサナの完成形という幻影

もたざるものと
もてるもの
まるでカーストを見るような
アシュタンガヨガのヒエラルキー

ねぇ、そのアンフェアさ加減が
なんでオームでピースなヨガたりえるの?

体操なの?
ヨガなの?
私達がやっているのは
なんなの、一体?

ずっと、そんな疑問がグルグルしてて
何回も不満や疑問をぶちまけたことがある



だけど、とってつけたようなヨガっぽいボロックスで
アサナが全てじゃないよ~
なんてブルシットはダンさん決して言わなかった

私達はアサナの練習をしている
ただ単純にそういうこと

完成形自体がゴールではなく
そこへ至るための努力や姿勢
つまり、どういう風に自分と立ち向かうか
そのことが一番大切な部分

語らず、ただ示す

自身のアシュタンガヨガへの真摯な姿勢が
そっくりそのまま指導に現れていた

だから、こうして、今までずっと
彼の元で練習してきたんだと思う。

私はいっつもグラグラと揺れてばかりで
いつまでも思春期みたいな青臭いババアなんだけど

だけど私の中の彼に対する信頼
それだけは揺らぐことがなかった


kudanshita.jpg



それでもなんだかんだで、日々は過ぎるし
人生はコンニチハとサヨナラの繰り返し

お世話になったダンさんもしかり
ついに日本を離れフィンランドへお引越し

慣れ親しんだ九段下のマイソールも
おとついの金曜日で終了

呆気ない、っちゃ、呆気ない
だけど人生そんなもん

また明日、なんて言葉は
実はいつまでも有効じゃない

あたりまえ、なんてものはない
いつでもそこにある、なんてものはない

すべては信じがたい奇跡のように
そこに「ある」んだってこと

それに気づくのが
生きるってことなのかもしれない





今日、送別会をした
参加者の暖かい気持ちに満ちた
とてもよい集まりだった

最後にダンさん、また言った

皆さんは、これからも
「自分の練習」を続けていってください

うん、そうだね
私達がこれからも、いろんな形で
「自分の練習」続けていく限り

それがどんな場所であれ
どんな時であれ

自分の中にはシッカリと
ダンさんが蒔いてくれた沢山の種が
ちょっとずつ芽を吹いていることを
感じていくんだろうな、って
そう思った。




サヨウナラの本質は
沢山のアリガトウでできている

ひとつの終わりがあってこそ
新たな始まりが生まれてくる

すべては絶えず変化と進化に満ちて
たゆまなく流れゆくまま
とりあえずは抗うことなく
委ねるように乗っかっていきたいな、と

そんなことを思うこの頃



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肩鎖関節損傷  

肩鎖関節脱臼

多分、捻挫か亜脱臼・・・

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鎖骨パッキン  

こないだの火曜日に
プラサリータCかなんかで
鎖骨パッキンした

なんか痛いなー
と思いつつも
普通に練習を続けてたら
みるみる悪化してきて

腕を回すこともできなきゃ
服を着るだけで激痛アタタ

気がついたら
鎖骨ポコンと飛び出てる

ついに鎮痛剤のお世話になって
しばらく練習は断念

あーあ

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