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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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ちょっと、きた  

ふとした動作で
腰。おしり、太ももの裏に
ピッキーン!
と激痛が走ったのは
昨夜のヨガクラスの最中

あわわわ、やばー

と思いつつ
ソロリソロリと
腰をかばった姿勢で
なんとか持ちこたえる

今朝の練習は
短い時間でサクッと
個々のポーズへの
執着はナシで^^
サクッと

不思議なもので
一旦練習を開始すると
違和感や激痛が消滅

普段のミッチリ念入りな
オタクっぽい練習のときより
今朝は断然身体が
素直でよい子

カポタはどこにも抵抗感がなく
サクッと足首しっかり掴
(ませていただいて^^)
深い呼吸を堪能

ピンチャとカランダは
肘が痛いのを言い訳に
チョロッっとごまかしつつ

バックベンド~
一連の試練へ突入

かと思いきや

最初のブリッジUP~
の時点で軽くてラクチンだと
その後がスムース

ドロップオーバーも
やっとこコツが掴めて
さほどの体力消耗もなく

やっぱりサクサクやると
流れが生まれてラクチンだ
これからの季節
ネッチリ派はやめとこ

先週から加わった
ハンドスタントの蠍のポーズ
毎日はやらないから
今日で4回目くらい

今日は、これで
ちょっと、きた

胸も腹回りも
パッカンと開いてたせいか
足先が頭に触れて
アレ?

これってアノ格好?


vrschikasana B



もちろんアジャストされてのことだけど
ちょっとビックリした

あの姿勢は、無理でしょー?
とアンチバックベンダーとしては
普通、そう思うわけで

だけど実際は
重力に委ねるファクターが大きく
まったく辛くも痛くもなく
気がつくと深い後屈状態

正直、私にとっては
ウシュトラーサナの方が辛い

カポタ地獄を潜り抜けた身としては
「は?」
と拍子抜けするくらいラクチンに
あんな深く後屈ができちゃって

うわ
ちょっと、きた

いままで開いたことないトコが
開いちゃったかんじ

私の未知なる、いけない部分が
危なく怪しく目覚めたような
そんなヤバイ感覚が
じんわりと身体に残ってる

いかん、いかん

こんな状態で置いてかないでー(笑)

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category: 未分類

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あ、そだそだ  

昨日やっと
はじめてピンチャで
ロータス組めた

よし
これでやっと
カランダの練習
スタートラインに立った^^



なんて喜んでたら
肘にカサブタができて
ズル剥けてる
あたたた・・・

って言う前に
こんな肘じゃ
女子として
かっこ悪すぎー!

とりあえずサポーターして
練習することにする

あー、ダサい
あー、痛い

でもちょっとうれしい



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そういうもんだ  




ま、いろいろあるけど



OK.jpg




って思っておけば
まずまちがいない



そういうもんだ





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バテバテ  

もう今日は泣いちゃうかと思った。

辛いというか、シンドイというか
脱水症状だったのか
熱っぽい虚脱感でカラダが動かなくなった。

心臓のバクバクが鳴り止まない。
荒い呼吸が胸に響いて痛い。
拭いても拭いても滴り落ちる汗。

ポーズとポーズの合間で
四つんばいになって頭を垂れて
ワナワナ震えながらゼイゼイする

なんだこれ?
どした、どした?

身体が静止状態を常に求めて
動こうとする意欲がまったく生まれず
ただただ立ち尽くしたり
ただただ座り込んだり

あらやだ、あの人ヤバイよ状態オンマイマット
ごめんね、だって動けないの・・・グッスン

ああ、もう帰ろうー、と何度も思ったけど
せっかく来たんだし、とか
先生あとわずかなんだし、とか
色んな思惑でガンジガラメになって

身体に鞭打ち、心を叱咤し
休み休み、誤魔化し誤魔化し
ホウホウノテイでチンタラ進む

ティッティバーサナでマジ卒倒するかと思ったけど
4度目のトイレ休憩でなんとか持ち直す

ピンチャは「シオシオのパー」だし
カランダなんてトライする意欲すらなし

バックベンドきっつい
身体が引き裂かれそう

ドロップバック
なかなか降りれない
やろうとしても身体が動かない

相当時間かけて1回目ドッスン
またまた相当時間かけて2回目ドッスン
ああまだあるのかヤダナーと3回目ドッスン

身体の負担がどんどん高まってくる
心臓バクバク。脚ガクブル。呼吸はゼイゼイ。
こんな状態でハンドスタンド~ |||@▽@

しかしここまでデロデロだと力みもなく
上手くやろうとかいう下心も生まれず
スンナリふわんとバランスポイントとれて
ゲゲなんだこりゃ?

ハンドスタンド→ドロップオーバーは
力尽きてる分、ヨイヨイのおっちゃんみたいで
あー、もー、これで終わりにしてくださーい
と、ついに変な脳内麻薬出てきた

こっから先は先生にやってもらうだけなので
チクタクは「なすがまま~」
蠍のポーズも「好きにして~」
ドロップバックも「お任せよ~」
チャクラバンダーサナでついに
「もうだめ堪忍してや~」
とギブアップ

Game Over
ピーッ

所要時間
なんと2時間半

なんだなんだ、私は朝っぱらから
いったいなにをやっているのだ?

昨日の練習と今朝の練習が
同じアクティビティとは思えない

これが、この先も続くのか?
どうなんだ?

明日はどっちだ?

category: 未分類

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ハーフプライマリ+ハーフセカンド  

昨日の逗子でのイベントで
窓全開で行ったマイソールクラス。

あんまりにも気持ちよさそうで
自分も外の空気を感じて練習がしたくなった。

よし、いざ、長谷へ。

ゴトゴト江ノ電に乗って
鎌倉最古の甘縄神社へ向かう。

ここはちょっとヤバイよ、パワースポットだよね、と
道すがら一緒になった参加者さんと、そんなコト話して。

山の麓にデーンと鎮座する鳥居を目の前にすると
なんだか身が引き締まる感じで面白い。


hase.jpg



普段ならパールシュボッタナーサナから
直接パシャーサナへ
まだ開いてない身体と格闘するように
ハーフセカンドの練習をする

でもここは鎌倉だ、九段下じゃない(笑)
自分の練習を無理なく行う上で
必要なモディフィケーション、あり
不適切なルールに縛られるのは、なし

スリアをゆっくり5回ずつ
スタンディングはサラリと流してみる

気がついたらヴィラバドラーサナBまで進んでいて
あらま、今日はフルプライマリーだわね、とニンマリ

久々の焦らないプライマリーは
意外と軽快でビンヤサが心地よくて
呼吸に乗って練習する楽しさを
久しぶりに味わった

One Breath, One movement
これってセカンドじゃ、ぜんぜんやってない

ポーズをつなぐビンヤサは
身体のリセットの意味合いもあって
何度も繰り返すアップワードドッグで
私の固い胸がちょっとずつ開いていく
何度も繰り返すジャンプバック・ジャンプスルーで
全身がゆるやかにほぐれていく

サクサクとノンストップでマリーチDまで
ナバーサナは・・・嫌いだなぁ(笑)
よしここで、ねじりついでにパシャーサナ
とセカンドへ入る

ハーフプライマリー+ハーフセカンド

こんな練習は初めてだ
ハーフプライマリでちょうどよい感じに身体が開いてて
かといってフリプライマリーほど疲れてはない状態
ここから始めるセカンドは・・・

ちょっとだけ気持ちいい

極力余分な休憩やストレッチを入れずに
そんなに深く入る必要も執着もなしに
淡々とできる範囲でポーズを流してみる

いつもの練習は「努力」というか
一種の「あがき」のような必死さがあった
真面目といえば真面目だけど
150%の全力投球はやっぱりキツイもんだ

今朝はそういうのを一切なしにして
今の身体が許す範囲で無理なくやっていく
だけど決してナマケモノにはならない程度に
75%くらいの余裕と遊びをもってみる

ここのところずっと
仙骨まわりに激痛が走ってた
エカパダとドヴェィパダで
久々に気持ちよく脚が頭の後ろに納まった

顔をしかめることなく
スムースな呼吸ができる幸せ

ピンチャで20呼吸を目標に
普段はやらないバランス遊びをしてみる
なかなかキープできない・・・

うん、今日はここで終了

カランダ、なし
チックタック、なし
蠍のポーズ、なし
チャクラ・バンダーサナ、なし

自分でできないことはやらない
そう自分で決めた、自分の練習

自分に鞭打って頑張って
ワケわかんなくなるほど
ヘロヘロにはならない

窓も全開で風が爽やか
噴出す汗も涼風ですぐにおさまる

疲労の度合いが違うような・・・
いや、度合いじゃない
質が違うんだ、きっと

いつものキツイ練習があるからこそ気づく心地よい練習

そんなのもありなんだなー、と
ココロもカラダも軽々になって
帰路についた、夏のいちにち



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逗子でヨガ  

20年前くらいに

If you build it, he will come
それを作れば、彼が来る

という天からの声を聞き
トウモロコシ畑に野球場を作る映画があった。

けっこう好きだった。



20年後のある日
地元の山を散策中に
鬱蒼と茂る緑の中に埋もれ
朽ち果てたボロ小屋に出くわしたとき

If you make it, people will come
それをやれば、人が来る

という天の声を聞き、今回のイベントを企画した。

そしたらほんとにそうなった。


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前日までの豪雨がカラリと晴れて気温が上がり
むせかえるような森のにおいに包まれて
海からの潮風が心地よい涼を呼び
静けさの中にこだまする鳥や蝉の鳴き声
空には流れる雲と、青いのパッチワーク

ああ、今日もよい日だ


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昔からの知り合いも
久々に再開した人も
初めてお会いした人も
なんとなく通りがかりに立ち寄った人も
気がついたら、森の小道をワラワラと
ヨガマット抱えて人々が集まってきた


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Photo by Zen
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Photo by Zen



来てくださった皆さんの穏やかな表情と
凛とした空気の中での厳かなりりしさ

たくさんの笑顔と、いっぱいのありがとう

ココロは解ける、カラダは緩む
結び目が少しずつほどけていく瞬間


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Photo by Zen
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Photo by Zen
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クラスだけで終わっちゃうのはもったいない、と
別棟で有志諸君が「なごみの居間」を設置してくれた
手作りのパンやらお菓子やらパクついては
まったりとおしゃべりしたり、お昼ねしたり
思い思いに時を過ごしていただいた


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Photo by Zen
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Photo by Zen
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Photo by Zen

ヨガのクラスとボディワークのセッション
たくさんの知人友人が協力してくれた

「ビジネスとしての仕事」ではなく
それぞれがこれまで行ってきた
「ひとに伝える・ひととつながる」
という経験を更に広げる場を共有する


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Photo by Zen
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Photo by Zen
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一方通行に終わらない
あくまで共に分かち合う経験

そこには性別も年齢も国籍も
区分すべきものなどなんにもなくて


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Photo by Zen

そんなこんなで、気がついたら
延べ人数60人もが集まってきた

ヨガやって、ボディワークうけて
お茶飲んで待ったり過ごして
おしゃべりして・・・

場所にひきつけられて人がきて
その輪が勝手にドンドンと広がっていった

そんな感じ

犬は吼える、赤ちゃんは泣く
トンビはふわりと空で円を描く
人はココロで、瞳で、身体で微笑む


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Photo by Zen


確かに言いだしっぺは私だった
だけど全てを動かしてくれたのは
あの場に来ていた皆さんひとりひとり

当日のクラスやセッションしかり
それに至る準備の段階しかり

「助けて」となかなか言えない私に業を煮やし
暖かい手をたくさん差し伸べてもらった


ほんとうに、ありがとう
こころから、ありがとう

楽しかったね
またこんど


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Photo by Zen
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Photo by Zen





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たくさんのいいわけ  

そりゃもう言い出したらキリがないけど、やっぱり身体中は「痛い、辛い、なんとかして~」がずっと続いていて、いつかは抜けて楽になるのかな?なんて思ってたけど、やっぱりずっとその状態は続いていて、気がついたら、この状態での練習がいつのまにかデフォルト化に。

もうだいたい、スリヤナマスカラからして辛いなんて、試練としか思えない。腕と脚と胴体とが全部てんでチグハグのバラバラ。関節は潤滑油を差したくなるくらいのギシギシのメリメリ。腰周りの神経痛、肩周りの関節炎、危険な膝周り、手首にかかる負担、脇腹肋骨の奥のほうのピキピキ、腹筋までもが筋肉痛(笑)・・・そんな身体を慣らし慣らし練習していくので、「フローを忘れた単品ポーズ集」になってきてる。スリヤナマスカラの流れるようなフローなんて、今の私にはない。いっこいっこのポーズが、ギチッ、ガチッ、と下手糞なパッチワークみたいに繋ぎあわされてる。それがスリアだけに留まらず、全体の練習へも広まり、「フロー無視・個々のアサナにガッツリ執着」の練習が続く毎日。

だけど変なところでインテンスになってきてるから、もうグジャグジャ。カランダはワケわかんないし、チックタックもそうだし、それ以前のハンドスタンドの時点からすでにOut of my controlでやみくもに突っ走ってる阿呆が一匹。ここにきて昨日もういっこ、ポーズというか余興が増えた。VrschkasanaB(ハンドスタンドでやる蠍のポーズ)。もちろん100%先生にオンブにダッコでやってもらうバージョン:D。それでも、もう腕プルプルというかガクガクで、喉から顔まで筋肉痛になりそうな勢い。アジャストされてのドロップバックも最後は無理繰りChakra Bandhasana(足首を掴むやつ)がレギュラー化して以降、もうこのあたりで脳みそは機能停止、無闇にドーパミン大放出、身体の感覚もなくなり、「痛い」だの「辛い」だのはどこかに吹き飛んでる。全部終わってマットの上で呆けること約3分あまり。体力のなさをヒシヒシと感じる7月半ば、プライマリーをやってたときはもっと持久力があったよなぁ、と遠い目ふたつ。梅雨は明けたというのに、この天候、この湿気、嗚呼・・・。


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そんでもね、わかってるんだ。こんな停滞した中でも、小さな小さな変化が常にそこにあって、ゼロコンマいくつかのミクロな世界で、なにかが進化していってるってこと。それは単純にポーズであったり、心の機微であったり。キツイながらも、ゼイゼイ言いながらも、ワナワナしながらも、それはかすかに感じてる。本当の停滞、停止なんて、ない。実は「後退」というものも、ない。あえて言うならば、どんな「後退」に見える変化も、老化や死や終焉に向かっての、れっきとした「進化」なのだ。

今朝はカランダで、気張ってピキピキと力んでた部分が「抜けた」瞬間があって。そしたら、お尻を上に上げたままロータス組んだ膝だけが下に、フーッと楽~に、下りてった。いつもは力みすぎて、お尻自体が重くなってドスンと落ちそうになり、それをフンガッツ!と急遽あわてて、力でせき止めてた。(だから腹筋筋肉痛・・・)そうではなく、最初から「降ろす」ように重力と自分の力とのバランスをとっていけばいいんだな、と。身体で理解できた。おおお、昨日までの私とナニカが決定的に違う!と感ずる瞬間^^ステキー。カランダ初めて1ヵ月後のちょっとした変化。

そういえば宿敵カポターサナも、かれこれ1年越しの付き合い。やっと最近気持ちよくなってきて、自分の身体の変化を実感する。「嫌だけど、辛いけど、アジャストに任せて、自己放下~」の他力本願的な、「地点A(自分の現状)→地点Z(完成型)まで一気にひとっ飛び」する練習モドキから、地点Zに無理やり向かうことなく、地点Aから誤魔化さずに少しずつ歩を進める「コツコツ地固め」練習にシフトしたのが4月のチャック&マティのマイソール以降。「今のアナタにカポタサナなんて、まだまだ早い」と言ってくれたマティの「完成型なんか忘れて、まずこの方法で1ヶ月やってみなさい」と教えてくれたやり方で、コツコツやってくうちに、本当に身体が変わった。テンション感じるのが常だった腰の辺りにスペースが生まれて、鼠蹊部から鳩尾から胸から喉元までゼンブびろーんと伸びて、脚と腕がしっかりとグラウンディングしている頼もしさがあって、だから深い呼吸ができるようになって、いつまでもそこにいられる安定感・・・こんなカポターサナができるなんて感無量。なすがまま、じゃなくて、少しの知恵と努力も、時には必要。

いやはや、まったくアシュタンギはポーズのことしかアタマにないのかい?と非難されそうな私のブログではあるが、だってアシュタンガ・ビンヤサ・ヨガは修行のコアな部分に「(超えざるを得ない)アサナ」を据えたシステムなんだから、そこに真摯に取り組むのは、あたりまえじゃないですか。その単品単品をクリアして初めて、それぞれを繋ぐフローが生まれて来るんだし。そしてそのフローをもってして「シリーズ・シーケンス」全体をひとまとめの楽曲としてオーガナイズするコンポーサー(自分を超えたアレ)となり、同時に各楽器の演奏者でもあるという、梵我一如的体験を経て、そこでやっとこ瞑想と三昧へのとっかかりが生まれるんだから。だいたい、「瞑想なんてウザくてやってらんないよー」という現代人のためにアシュタンガ・ビンヤサ・ヨガがあるようなもので、そのシステムを「自己実現」や「自分探しプロジェクト」のツールとしてアナタの人生に導入するのなら、とりあえずは取説どおりに真面目にやろう。アサナもままならないうちから、ダーラナーだー、ディヤーナーだ、なんて先走りして、どうする?まずはやること真剣にやろう。ポーズができなくて悔しいから「ヨガはアサナじゃない」と”当たり前”のことをことさらに強調する”アシュタンギ”って、多分自分の立ち位置を誤解している。アシュタンガ・ビンヤサ・ヨガというアサナ重視の練習をやってるからといって、そこから一歩も出ちゃイカンなど、誰も言ってない。自分の混乱状況をヘンテコないいわけで誤魔化すのは、もうおしまい。このパラグラフは、そっくりこのまま過去の自分に読ませたい(笑)

昨日はオステオ系のカイロで全身ゆるめて、お昼寝で再生機能を高めて、お風呂でデロデロと腑抜けになって、本日はムーンディ、気持ちよくのんびり過ごす予定。あ、いままさに日食の真っ最中だけど、厚い雲に覆われた空は、ほんの少し薄暗くなってきてるだけ。なんか変な感じ。

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ヨガ(アシュタンが・シバナンダ)&ボディワーク@逗子  

来週末にイベントやります。


山のふもとの小屋で、鬱蒼と茂る緑に囲まれて、ヨガとボディワークを行う、終日オープンのイベントです。普段の慌しい生活から抜け出し、ちょっとしたリトリート感覚で、だけどお好きな時間帯だけ参加していただけます。


place02.jpg



◆◆◆09:00~11:30 アシュタンガヨガ・マイソールクラス◆◆◆
参加者が自分のペースで、アシュタンガヨガのシーケンスを練習するクラスです。時間内であれば開始&終了のタイミングは自由です。2・3人の指導者が巡回して、アジャストおよび指導をマンツーマンで行います。ある程度ポーズの順番を覚えていることが望ましいですが、初心者には別途丁寧に指導します。また、アシュタンガヨガをやっていてもマイソールクラスは経験がない方にとって、マイソールクラス入門として最適です。合同のチャンティングは9:30am。事前予約は必要ありません。
【指導者】ユミコ/ケンゴ/Zen
指導者のプロフィールはコチラ→http://zushi-de-yoga.blog.drecom.jp/archive/55


◆◆◆11:30~14:30 各ボディワークのセッション(予約制)◆◆◆
緑に囲まれた空間で、新鮮な空気と爽やかな風に身をまかせつつ、心地よいボディワークを受けて心身をリセットしませんか?
 ◇古式タイマッサージ(30分・45分・60分・90分)
 ◇エサレンRマッサージ(45分・90分)
 ◇レフレクソロジー(30分)
 ◇レイキ(45分)
 ◇フォーカシング(45分)
の中から、お好きなセッションをお選びいただけます。全て事前予約制となりますので、希望のセッション・時間をメールにて第3希望までお知らせください。追って予約の確定通知をお送りします。
【プラクティショナー】あきこ・さえ・えりこ・りさこ・あやこ
各セッションの詳細およびプラクティショナーさんのプロフィールは、コチラ→http://zushi-de-yoga.blog.drecom.jp/archive/55


◆◆◆15:00~16:30 シバナンダヨガ(定員20名/予約制)◆◆◆
詠唱(チャンティング)・呼吸法(プラナヤナ)・体位(アサナ)をバランスよく組み合わせた、瞑想的かつヒーリング効果の高いヨガです。ヨガの初心者から経験者までOKです。
【講師】しんのすけ
講師のプロフィールはコチラ→http://zushi-de-yoga.blog.drecom.jp/archive/55



料金、申し込み方法など、詳しい内容はコチラをご覧ください
http://zushi-de-yoga.blog.drecom.jp/archive/54


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とにかく超気持ちよい場所です。
だまされたと思って来てみて!






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グダグダーサナA  

先週はずっと練習が辛かった。

一日として、いや一瞬として
「気持ちよい」とか「爽快」とか
そんなの、まるで皆無。

身体中が痛い、全身が重い
関節は頼りなく、呼吸は荒いまんま。

すべてのポーズがシンドイ。
できるできない、って次元じゃない。

なにもかもに息切れがする
「もうちょい頑張ろう」っていう意欲が出てこない

どんな動きも常に違和感と痛みがついてまわる
だけど逃げるほどの危険さではない中途半端さ

なんでこんなに辛いんだろう?
なんでこんなに体中が悲鳴上げてるんだろう?
なんでそれでも練習を続ける自分がここにいるんだろう?





そんなのがずっと続いてるとね
出てきちゃうのよね~、毒が・・・(笑)






これまで最終ポーズ(=つまづいてるポーズ)では
何回か繰り返して真剣にチャレンジするのが常だった。

だけど現在つまづいてるカランダでは
ちゃちゃっ、と2回くらいトライしては
「んー、あー、できないー・・・^^ハイおちまい!」
と、そそくさとバックベンドに入ることにしてる。

何故か、このカランダって
アジャストを受けること自体に
ものすごい抵抗がある、というか

だいたいピンチャでロータス組めないのに
その次のステップ「降りて~上がって~」を
先生に100%頼って「やってもらう」なんて
アジャストというより単なる余興、というか

そんなの、やっても意味ないじゃん?
それ以前の段階をまずコツコツやらせてください
・・・というのが私の言い分

先生に降ろしてもらって、上げてもらって・・・っていうアレと
「ホーラ、高い高い~」と、オトナにあやされる子供
その差ってなんですか?
わかるひと、教えてください

だいたい男性のイントラが女子生徒に対して
カランダとかチックタックとかのアジャストを
「ホーラ^^」と嬉々としてやってる姿を見るにつけ
あれは「男尊女卑の性差別に根ざした無駄な余興だ」
と常々思っていたし

あんなワケわかんないサーカスみたいな余興に時間を費やすなら
アルダバッダやマリーチCやDといった
基盤作りに真摯に取り組むビギナーへもっと注意をむけるべきだ
と心からそう思ってた。




なのに、なのに、
こんなメタボロのコンディションなのに
「ナンセンスな余興アジャスト」反対派なのに
チックタックの「タック」の練習が先週から始まったあたり
神様ちょっとそれやりすぎー

だいたい「チック=ドロップオーバー」もままならないのに
というか、普通の動きですらマトモにできない身体コンディションなのに
次のステップの「タック=(なんて言うんだろう?フリップバック?)」なんて
マジほんとにこれ意味ない

とりあえず、アジャストになすがままで、行ったり来たり
自分で自分の身体のどこをどうするべきなのかが
まったく判らないまま、グルグルと身体を勝手に動かされて
行っては戻り、行っては戻り・・・もうワケわかんない

で、やたらと腹が立ってきた
ムカつきすぎてゲロ吐きそうなくらい

できないからヤダ!ってんじゃない
「ワケわかんない」のが、嫌なんだ、きっと
多分、私は自分でコントロールしたいんだ

できないなら、できないなりに
その次元で身分相応にコンロールしたい

委ねる、任せる、というのが
自分の無力さを受け入れるようで
自分のプライドを飲み込むようで
そこが我慢のならないポイント

はて、私はいったい
なにを失いそうで怖いのかな?

その恐れを知り、超えてゆけ
と、誰かが影で言ってそう

誰だよ、それ?








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肉体(カラダ)の中に棲むということ  

ここんとこずっと、身体中が痛い。とにかく、痛い。だけど、どこが痛いって聞かれると、全部!としか答えられないくらい曖昧で。日によって、時間によって、痛みの部位が変わり、痛みの度合いも違ってくる。

ここで言う「痛み」というのは、単なる肉体的反応であって、イコール「苦痛」ではないことは、しかと強調しておく。特に私のような変態にとっては、「痛い」イコール「快楽」、ということも多々あるのだから。脳内麻薬の一種であるドーパミンは、痛みといった「いわゆる否定的な刺激やストレス」に対しても、活性化されるそうだ。だから、辛ーい、キツーイ、ドロップバックのアジャストから戻ってきたとき、誰もがあんなに呆けたオルガスムス後のような状態になって、ワナワナしているのだ(断定)

最近の自身の「痛み具合」を見ていて思うのは、多分器質的な障害やダメージというよりは、痛みや違和感を感知する機能に問題があるのかもしれない、ってことで、ある意味ムダに超敏感気質なのかな、とか。別の見方をすれば、それだけ感度が高まり、私の魂の乗り物である「肉体」が持ちえる生の臨場感を、生々しくビビッドに享受できるのだから、感謝したほうがいいのかもしれない。

ただ、痛い痛い、とやみくもに訴えても、他人にとっては「ナンダソリャ?」でしかないし、自分自身もう少し具体的に「ドコがドウなのか?」を意識したくなり、下記ちょっとメモ的に。

まずは背骨がピリッと痛い。少しシャープな感覚で。筋肉や筋というよりは「骨だ、神経だ」って感じ。

特に仙骨周りにテンションがかかる時が辛い。時たまLBH系ポーズで坐骨神経を噛むのか、下肢の方へ痛みが広がることもある。臀部とハムストリングスは常にピキパキの痛みが続くが、恐らくこの部位の筋肉痛ではなく、腸腰筋や梨状筋といった、骨盤周りの深層筋による神経伝達が要因だろう。

また後屈の際に上部腰骨あたりで、骨同士がぶつかり合う感覚があり、激痛ではないがチクリ!と鋭いセンセーションがよく発生する。カポタやドロップバックなどの過度な後屈よりも、アジャストが入った時のベカーサナや、最近やっと開いてきたアップワードドッグの時にチクリ!と来る。しかし、結構気持の良い、エロ系な感覚ではある。

最近胸がちょっとだけ開いてきたので、アップワードドッグで特に感じるのだが、胸骨がゴリゴリと動く感じがする。そういえば、喉元も伸びてきた、これまた動く感じ。首から背骨全体が繋がりながら、柔軟に、しなるように、まるで別の生き物のように、ひとつひとつが動く感じ。無闇に猫のポーズをゆっくりゆっくりやって、身体ってステキー、身体ってフシギー、と感動しているヘンテコな自分発見。ああ、背骨ラブ。

ここ最近、肩周りに違和感が発生。多分ハンドスタント系ポーズが始まったのと、自宅で行っている新しいストレッチメニューのせいか。このストレッチメニューは、後屈をゆっくり開いていくシリーズなのだが、その中の壁を使ったストレッチとラージャエカカポターサナが後屈を深める以上に、ガッチガチに固まった私の肩周りにバッチリ効いているようだ。

そして股関節。ああ、股関節。面白いことに、ここが最近とてもカクカクしてて、気を抜くと脚が外れちゃいそう。プライマリーシリーズという「股関節を開く」練習を定期的にやらなくなってから、HBL系ポーズが途端にキツくなり、こりゃアカンと股関節のストレッチを意識的に行っているからかもしれない。毎日の練習では、こっそりエカパダで昔のAとBやったり、ヨガニドラサナに入る途中に片足だけかけてKasyapasana(カシャパーサナ?)やったり。おうちでも常にスリーピングスワン、ロータス、マリーチ、ムラバンダサナー、ロータス組んだマツエンドラーサナ、と股グリグリして遊んでる。

で、なぜか膝。これまであまり痛めたことのない膝。これが、変。周囲の靭帯が伸びきってるような感じで、しっかりと収まってくれず、グラグラと不安定。脚の付け根と膝がカクカクして、重心を乗せると、カクッ!っと変なほうに曲がりそうで怖くて、駅の階段の昇降が恐怖。練習もスタンディングで膝が常に過伸展状態で、困った。なんだろう、これ。

ということで、今週に入ってからの練習は全身がガクガクのアタタタで、使い物にならず、全て50%止まり。身体の一部が痛いとか辛いとかはあっても、ここまで全身メロメロのカクカクってのは珍しい。全ての関節が緩みすぎてるというか、四肢がすべてバラバラな「お人形さん」みたいだ。そこに加うるに、ちょっとしたはずみで、臀部と骨盤周りに奇妙に強烈な筋違いのような痛みが走る!おおおお、なんだか、スリルに満ちた人生、もとい練習で、新鮮っちゃ、新鮮。

ところで痛みといえば、今年の初めに経験した頚椎ヘルニアの激痛。100%の神経刺激と、50%の精神的ストレスによって死ぬ思いをした。が、「痛み」を「苦痛」にするのは、紛れもないマインドのオシゴトだな、とヒシと感じた。「苦痛」や「苦悩」なんて、人生を豊かに深みを幅をもたせるために、人類が勝手に進化してきたカタルシスなお遊戯みたいなもので。「痛み」は単なる「痛み」として、肉体の物理的な反応として、ただそこに在るのみ。そこから「苦痛」を生み出すのも、「快楽」を生み出すのも、ワタシのマインド次第。アシュタンガ・ビンヤサ・ヨガなどという、フィジカルに超デマンディングな鍛錬(笑)に嵌っている人は、このあたり身をもって体験しているのではないか?

しかしなから、生きることはすなわち「苦痛/苦悩」であるとは仏陀が申したか、要は「苦痛/苦悩」を生み出す我々の精神ファンクションを、なんとかせよとの教えがつまり仏教か?悟りや瞑想の境地がつまりダウナー系セロトニンのなせる業であるならば、我々アシュタンギは真逆のアッパー系ドーパミンにアディクトしつつ、涅槃の幻に現をぬかすタワケモノではあるまいか?あ、また話が逸れていく。


having a body


Having a body



いずれにせよ、私達がこの肉体に宿って生きるということは、この肉体を介して、誤魔化すことはできても逃れることはできない「緊張」や「強張り」や「結び目」や「痛み」や「ストレス」や「苦痛」を感じていくことである。そして同時にこの肉体を介して、いくら執着したところで永遠に続くことはない「弛緩」や「緩み」や「解放」や「快楽」や「喜び」や「自由」を感じていくことでもある。「緊張」を知らない身体が、溶けるような「弛緩」の甘美な感覚に、どうやって気づけるのか?ってことだ。

ハタヨガのアサナの効用として、後者の喜びだけを強調するのは、片手落ちな気がする。前者の苦痛をも含めて様々なものを敏感に感じ取る力自体が、ハタヨガのアサナの効用、つまり、己の肉体(カラダ)という神殿を知り、そこにしっかりと棲む、確かに生きることに繋がっていくのではないか?

今現在の私の身体の痛みなど、5年前の自分には感知できなかったかもしれない。いや反対に、5年前の自分だったら、この痛みを「深刻なもの」として捉え、それこそ大袈裟に「苦痛/苦悩」に転化してしまったかもしれない。who knowsどちらもありうる。ま、そんなもん。

少なくとも現在の私は、この肉体という”容れもの”と、5年前よりも更に親密な信頼関係を結び、理解を深め、意識的に遊んでいるような、そんな気がする。






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ときには、ゆるめて、ほどいて  

ヨガのアサナを行うということは
自分の肉体としっかり向き合う
自分の心とちゃんと向き合う

そういうことだと思う。



自分の肉体はちっとも思い通りにならず
ほとほと手を焼いてしまう

自分の心は沢山の感情や反応で騒がしく
いいかげんにウンザリしてしまう

だからといって
自分の肉体を卑下したり鞭打ったりせず
自分の心のカオスから逃げ出したりせず

扱い辛い自分の肉体と心を
そっくりそのまんま、ありのまま
この自分自身でしっかりと受け入れて
暖かい大地のように優しく抱擁してあげる

そういう勇気を持てば
自身を否定したり感情の波に呑まれることもなく
他者と比較したり羨望の念にかられることもない

手綱は、ときにはゆるめて
偏見や批判はなしにして
ちょっとだけ、なすがままに




・・・だけど、いつのまにかインプットされてた
沢山の「こうあるべきアレ」や「こうありたいアレ」

そういうものに囚われて
気がついたらがんじがらめになって
「こんな私の今のコレ」が窮屈そうになってきたら

いったん歩を緩めて
改めて色んなことを見つめなおすよい機会



なんで自分は瞑想やプラナヤマよりも
アサナに傾倒しているのかな?とか

なんで自分はバクティヨガやカルマヨガではなく
はたまたジャーナヨガでもなく
ラージャヨガの中のごく一部というか
ハタヨガという狭い括りの中の一分野でしかない
アシュタンガ・ビンヤサ・ヨガに留まっているのかな?とか

なんで自分は
「生きる」ことそのものや、「ヨガ以外」の事柄よりも
「ヨガ」なるものに特別な何かを見出しているのかな?とか



「そうである」自分を否定するのではなく
今までかけてたサングラスを取り替えて
ものごとを広義にとらえて全体を俯瞰してみる

けっこう、面白い


ajisai.jpg



こないだ久しぶりに再会したアシュタンギが

自分がこれまでヨガに求めていたものが
他のものを通して手に入るようになった
いまではヨガのアサナの練習は
単なる柔軟体操として純粋に楽しんでいる


輝くような笑顔でそう話してくれた

いいな、と思った





手綱は、ときにはゆるめて
思い込みをほどいて





あれか、これか
で世界を狭めずに

あれもあり、これもあり
で広げていく



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