HEADING NOWHERE

三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

金曜日はプライマリーの日  

九段下スタジオは都内で唯一「金曜日でもセカンド(サード)の練習をしてもいい」場所だ。

グルジの教え直結の伝統的な正統派(アタマカタイ)を地でいくD先生にしては、なんで「金曜日はプライマリー」をそのまま持ち込まないのか首を傾げるところだが、どうやらそこには私には理解できないロジックがあるらしい。

もっとややこしいのは、「だけど土曜日がムーンディの時は金曜日はプライマリーの日」となる。なるほど、そこにはさらに高度なロジックがありそうだ。

さておき、上記の理由により、本日プライマリーの日とあいなり、前日と同じ90分を費やしながらも17ポーズ少ない練習。

ここのとこ毎日「なにかしら」アルのが常の朝練だが、本日はなんと、チャクラーサナ復活!でございました。うでじー。これ、本当に怖かったのー、やっと克服できたー、わーい。昨日ブランケットなしのショルダースタンドシリーズができかけたので、ちょっと前向きになれたのが良かったのかも。

そして、なぜか、ガルバピンダで「頬杖をつく」ができた。首を前に突き出すのが嫌で、ずっと耳を手で覆ってるだけだったけど、今朝は「ジョンスコットの頬杖姿」が目に浮かび、「あ、私も一緒に憂いたいかも」と思ってやってみたら、できた。別に首は全然痛くなかった。思い込みの壁、またいっこ突破。

脇腹の痛みは、ひきつれるような微妙な違和感に変化してきてる。ちょっとパラドキシカルだけどネジリがちょっと深まった気がする。とはいえ、モディフィケーションでしかやってませんが^^(そら、気持ちよくねじれるわ)

あす、あさってのお休みに備えて、今日は本当に良い練習ができたなぁ。とちょっと気分いい。

今週を振り返ってみて、体調が急激に復活してきたのには驚いた。気をぬくと痛めたりするけれど(笑)、そうやって繰り返して学んで逞しくなって成長していくわけで。

今日のプライマリーの安定感が、これからセカンドの練習を再開していく礎となった気がする。多分もう大丈夫、その準備はできたと思う。その自信が今朝の練習でしっかりと生まれた。

だけど、先走りすぎないように、身の丈を知って、周囲に惑わされるのではなく、自分のペースで・・・ここ数ヶ月で身を持って得た学びや気づきを、ここで活かしてこそ意義がある。そう自分に言い聞かせながら、またちょっとずコマを進めるアシュタンガ・ビンヤサすごろく。



【2009年5月13日追記】
九段下スタジオも「金曜日はプライマリーの日」になりました。
ただし、翌日土曜日のレッドプライマリーのクラスに参加する人は例外。



スポンサーサイト

category: 未分類

tb: 0   cm: 3

ループ出たかも?  

アサレンジャー稼動開始。

今朝は久々にお尻が決まった練習につき、所要時間トータルで90分キッカリ。

ケガ以降はずっと、ミッチリとジックリとねちっこくフェチっぽく行う練習を続けてきたけど、今朝は久々に「サクサク」で進めてみる。おおお、こういうときはやたらと身体が軽い。おおお、なんだなんだ、この軽さは?と、ひとり慄きながらのサク練。

脇腹の痛みは軽減するも、ネジリのポーズで息が詰まる圧迫感。そこを緩めるように、多少の軽減方を取り入れて、カラダ固めないように、伸ばしてスペース作っていく作業、それだけは意識した上でのサク練。

こころにも、からだにも、余計なものを持ち込まない。余分な呼吸しない。余分なドリスティ入れない。ビンヤサで余分な動き入れない。余分な考え事しない。決められた呼吸とビンヤサ、ドリスティを守る、それだけの単純なこと、だけどとても難しいこと。それに少しずつ近づけていくようなサク練。

難なく滞りなくプライマリー終了後、超苦手な(はずだった)ウシュトラ&ラグバジュラ&カポタの三つ巴も「気持エエで~」くらいの勢いで通り抜けて、バカーサナBも一発でフンワリ・ヤリーだし、調子こいて得意分野のエカパダ&ドヴェィパダで股関節パカーンと開いて、気がついたらヘルニア後初めて最後のポーズ、ヨガニドラサナまで完了。え、マジ?

人数少ないのに何故かアジャスト一切なし、ドロップバックも1人寂しくやってオチマイ。構ってもらえないと不貞腐れる性質なのにも関わらず、「なんかスッゴイ練習しちゃったわー感」が高いのは、ただ単純に純粋に自分の練習ができたからなのかな。と思うと共に、これだったら遠路はるばる東京まで出て練習しなくても、おうちでひとりでできるじゃん?と、「わかっているんだけど蓋をしている微妙なイッシュー」が浮上しそうな気配。

あ、あと、ブランケット取りにいくのが面倒臭くて、ショルダースタンドシリーズをブランケット無しで挑戦してみた。これもヘルニア以降お初です。ちょっとキツイポーズもあるけど、腰も九の字になるけど、おおかたオッケーって感じ、やった!

いずれにせよ、ちょっとループ出たかな?ってことで。

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

いっかいやすみ  

呼吸してもビキビキする右脇腹の痛みは、目覚めても治まらず、アシュタンガ・ビンヤサすごろく、本日は「いっかいやすみ」の日なり。

いったん目覚めてから2度寝^^という至福を堪能した後、ムクっと起きたら、あらま、すごく天気いい。
山々の新緑もワラワラと芽吹いては鬱蒼としはじめて、雨上がりの青空はダントツに爽快で、空気は既に初夏の匂い。

とりあえず動物らしく自然治癒力を高めようと、海岸で太陽の光をタップリ浴びて、グーグー眠って、美味しいものパクパク食べて、治療に専念・・・してたらトンビにアイスキャンディさらわれた。

なんて書くと、爽やかな初夏のいちにちを楽しむ日記だけど、本当のところは、「練習を休むこと」に対してすっごい葛藤があって、それはそれは自分でもアキれるほど「なんでこんなに執着してるんだろー?」ってなくらいで、ついに観念して「きょうはおやすみ!」と決心するまでの朝の30分間、グルグルモンモンとしたココロモヨウは結構なドラマですらあったのだ(笑)

まぁ、そういう日もあるさね、と、鼻歌口ずさんで肩すくめて、執着というデッカイ肩の荷物をドッカと降ろした後の、ポカリと気の抜けたような、でも静かに澄んだバイラーギャな心持ち。見上げる空は高い、陽光は暖かさを増し、流れる雲はその姿をいっときもとどめない。

アサナの練習をはなれたところでの、こころのれんしゅう。

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

The Game of Life  

春になると、毎度のことだがテンション高いは、カラダ軽いは、ワケわかんないくらい超ナチュラルハイ。エネルギーは上へ、上へと向かいっぱなしで、グラウンディングのグの字もなく、地上5cmくらいを歩いているかのように、毎日フワフワと浮かれて過ごしてる。ヨガの練習はといえば、やっぱり全般的に上昇気味。しかしさすがに今年は、ヘルニアの教訓もあり、イケイケゴーゴーなノリに自粛規制のフィルターが上手い塩梅にかかっている・・・はずが、アレ? 

今朝の練習で、気がついたら、思いっきり左脇腹ブッチ痛めてた~!なんでだ?なにやったんだワタシ?確かに前日ボディワーク受けて身体緩みすぎてたところに、最近のネジリ強化作戦でマリーチC&Dでウンショウンショひねってたけど、そのくらいで?スプタクルマで頭に左脚かけるときにゾゾゾゾーっときて、バラーサナを入れながら休み休みポーズを進めるも、もうダメ、呼吸しても脇イタイ・・・(涙)、と、スプタコナーサナあたりで本日退散。ちゃんちゃん。

シャバーサナの途中で、「人生ゲーム」の図がドーンと眼に浮かんだ。途中に「ナカナカ出れないアリ地獄のようなループ」部分があるじゃん?私いま絶対そこにいるな、って感じ。大きな幹線道路を歩むゲームに興ずるというよりは、ずーっと本道から外れたトコロでグルグル回ってるだけって気がしてきた。アシュタンガ・ビンヤサ・すごろく・・・ゴールはどこ?それってナニ?そもそも、このワタシって?というか、この世界自体ってイッタイ・・・?

いやしかしだねキミ、人生ってすべからくそんなもん。

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

バカーサナB  

カポタも気持ちいいし、全般的に調子出てきたので、ポーズをもうひとつ増やしてみた。バカーサナAとB。

Aはいいとしても、予想どおりBがまったくできなくなっていた。右の腕と肩の神経ダメージもあるし、腕力自体が衰えているし(というか、これは本来バンダ?)、なによりも「怖い」気持ちが生まれてきているから、思い切り飛べない。何回かトライしてみて、「腕に着地できない」という結果云々ではなく、前方に向かって飛ぶことを躊躇っている、まったくのフニャチン野郎の自分の姿勢の問題だな、と。ははーん、これは自分のマインドと向きあうのが先決ってことか。

フニャチン野郎のヘッペケバカーサナBをヘナヘナと数回かました後、覚悟を決めてエイヤッと飛ぶ。当然落ちる。アゴぶつける。繰り返す。飛ぶ、落ちる。どうも右側にばかり崩れ落ちる。そうか、右腕の力の無さによるアンバランスか。それでも繰り返す。たまに、乗っかる。でもまた勢い余ってアタマから床に落ちる。ギリギリ腕に着地しても、バンダとか使えてないから、汗でズルズル滑って落ちる。そのうち落ちるのが怖くなってくる。乗っかる確率が高くなってくる。とりあえず「乗っかって5呼吸キープ」を3回達成させて終了とする。

5呼吸キープしている間、ずっと左右非対称のアンバランスさが気になって仕方なかった。自分の体がすっごいナナメになっているような感覚が強くて。それを左右対称に戻そうと努力してはみるのだが、ちょっとまだ無理だな、時間かけて調整していこう、不本意だけどしゃーないわ、なんて思っていた矢先に、D先生から声かけられる。
「おー、ユミコさん、いいね~^^」
「・・・・ぜんぜんよくないですっ!」
とヒステリカルに過剰反応する、嗚呼、私のチッタのブリッティ、どなたかナントカしてくださらないものか。

しかし、後から確認すると、あれだけ歪んだ身体感覚だったのにも関わらず、全然普通にまっすぐのバカーサナだったらしい。自分が感じている身体感覚と、外部から見るその姿態、というのは必ずしも一致しないってことなのか?

ま、いずれにせよ、二の腕に青タンだけは作らないようにしようっと、バカーサナB

category: 未分類

tb: 0   cm: 0

いつもの普通の練習  

いろいろあっても、また、いつもの普通の練習に戻る。


sky0415.jpg



朝起きて電車乗ってスタジオいってスーハーして。山あれば谷あり、マインドの起伏、肉体の起伏、その波の大きさに応じてキリリと集中したり、ゆるやかに弛緩したり。内部から湧き上がるエネルギーと、外部から取り込むエネルギー、互いに押し合いバランスを取り合い、やがて溶け合う感覚。身体の中に、ココロの中に、スペースをこしらえては、そこに自身を深くじんわりと沈みこませる。

チャック&マティのマイソールを経て、急に身体が開いたりとか、柔らかくなったりとかいうミラクルは勿論ない。いつもの絶えず変化する私の身体がここにあるだけだ。ただ、「馬車をいかように制御していくか」のヒントは確実に増えた気がする。そして「どこへ向かってゆくのか?」の指針が、以前よりも揺るがなくなったように感じる。(つまりheading nowhereであることに他ならないのだが)

今週に入ってからの練習は、ただたすら楽しい!の一言に尽きる。できないこと、たくさん。ごまかしてること、たくさん。がんばりすぎること、たくさん。ちょっとした進歩、アワワの後退、どーでもいいことでムカついて、ささいなことで感動して。いいことも、わるいことも、みんなあり。どっちもアリ。それでいいんだ、というドッシリとした気分に満たされる。そういう感じ。

おとついからホームベース(?)の九段下に復帰。懐かしい空気、見慣れた光景、やっぱり落ち着く、それは駅を降りた瞬間から。練習はすっかりマイペースが定着しており、九段下では「ご法度」のプロップを多使用するも、他人に文句は言わせませんオーラを大発散してみる。成功、ニヤリ。

今朝、マイソールに行ってたダンさんが戻ってきた。更に懐かしい気持ちが高まって、辛いはずのカポタがあまりに気持ちよかったから、久々にひとつポーズを増やしてみた。フーン、やはり何年もずっと見てもらっている先生の下での練習が、一番安心できるスペースなんだ。ここのところフーテンのようにアチコチ放浪してたからか、身をもってシミジミ。ところでダンさん、アシュタンガヨガ正式指導者としてオーソライズされた模様で、とりあえずは、おめでとう。

アシュタンガのプラクティスは変わることなく、いまもむかしもおなじ姿でそこにある。それを行う者がいて、それを伝える者がいる。常に変化していくのは、そのプラクティスをを行い、伝える私達自体であって、アシュタンガヨガのプラクティスは昨日も今日も同じ顔してそこにある。

いろいろあっても、また、いつでも戻れるいつもの普通の練習がそこにある。




category: 未分類

tb: 0   cm: 2

他の誰のものでもない「私」の練習  

先のチャック&マティのマイソールを振り返って


sakura.jpg



マティは何度も私にこう言った。

「アナタは自分でできると思っているほど、身体の準備ができていない」
「身の丈をかなり超えた練習をしている」
「完成形に向かって先を急ぎすぎて、大事な部分を疎かにしている」

スカした練習に終始していて表面はソツなくこなすが
その実、基礎的な土台や基盤は相当脆弱なまま放置
という私の本質がまるわかりだったんだろう。


十分な捻りができないうちに両手をバインドしようとするマリーチCDやパシャーサナ
とか
ウシュトラーサナできちんと胸を開くことができないのに、ラグバジュラやカポタへ進むエゴ
とか
土台ができてないのに、カポタやバックベンドで脚を掴もうとする悪あがき

このあたりは全部お見通しというか、即効で見つかり
C&Mの愛ある「脱洗脳教育」が施された


clover.jpg



いましめるように、諭すように
「なんでそんなに先を急ぐの?」
と瞳の奥を覗き込むように訊かれたときに

「でも先生がこうしなさいと言った」
「でも完成形ではこうするべきだと教わった」
「でもそういうアジャストが普通に行われている」
という言い訳ばかりが口をついて出た。

自分の練習なのに
自分の外部に責任を押し付ける
でも、でも、でも・・・のオンパレード

そんな自分が相当情けなくて
マットの上で結構凹んだ

フィジカル担当マティは都度
ちゃんとココからやり直していきましょう、と
身体の使い方を基本のキの字から
シッカリとスパルタンで教えてくれた

メンタル担当のチャックは都度
「自分を追い込むような練習を、他人がアナタに強要することを許してはいけない」
「確固たる自分の練習を行う勇気を持ちなさい」
ということを面と向かってハッキリと
言葉で真摯に伝えてくれた


それもこれも
みーんなアタマではわかっていたこと

偉そうにブログに書いたり
得意そうにヨガ友に語ったり
そういうアーダコーダのアレコレそのまんま

つまり問題は
私はちっとも体現してなかったということ
そーか、そういうことか!

「アナタ随分とお利口さんなフリしているけど、本性は丸見えですよ」
「そこんとこ、ちゃんとしときなさい!」
ってことだったのかもしれない。


harunohana.jpg



チャックもマティも長い経歴の中で
沢山のアシュタンギを指導してきて
大抵のパターンはデータベースに格納済み

私に伝えてくれた言葉もきっと
これまでに何百回も繰り返されたのだろう。

だけどそれらは
上っ面だけの文字の羅列ではなく
彼等自身が実際に通り抜けてきた痛みや苦しみ
そして喜びの経験そのものが体現された
生きたメッセージなのだと思う。


Harugasumi.jpg



明日からまたいつもの朝練が始まる。

いつの間にかパターン化した
「こうあるのがあたりまえ」という練習から
「私が私の意思で選択して行う自分の練習」
へとパラダイムシフトなるか?

自分でもなんだかワクワクである。




category: 未分類

tb: 0   cm: 2

チャック&マティのマイソールクラス  

今週月曜日から本日までの5日間
チャック&マティのマイソールクラスに参加してきた

8時からの後半組の参加者は12~15名
うち半分が説明つきプライマリークラス
残り半分がマイソールスタイルで練習

・・・え?
天下のチャック&マティの直接指導を
たった6・7人で享受?

あらまぁ、思ってた以上に濃ゆいシチュエーション

たっぷり、しっかり
全員がほぼマンツーマンで
おのれの弱点認識大作戦というか
ココロと身体のアライメントを根本から大改善

マティがプロップを使ってアサナの指導を
熱心に情熱的にして回るかたわら
チャックが生徒の横に座り込んで
哲学的なスピリチュアルなお話をトウトウと語る

フィジカル担当のマティ
メンタル担当のチャック

・・・絶妙のコンビだ


CM.jpg



あまりにも濃縮された時間というか
あまりにも沢山のアレコレがインプットされて
前半はちょっと消化不良でアタフタした

けれど慣れてくるに従って
ちょっとづつ核心の部分が見え初めた

たった5日間ではあったけど
1%のセオリー部分を沢山教わった
あとは残り99%の実践のなかで
蒔かれた種をゆっくり育てていくんだ
かなり楽しみ


リハビリ明けのこの時期に
よいタイミングでココロと身体の大掃除
季節も春うららだし、なんか堪んないなぁ





C&Mが伝えてくれた沢山の言葉の中から
意図的に、または無意識に自分でピックアップしていたキーワード
それを元に、下記、メモ代わりとしての記録

 
【Slow-down, Simplify, Be Mindful】
ゆっくりと、ゆっくりと、全てを噛みしめるようにペースを落として
誤魔化すように纏っていた不必要なアレコレを捨て去って
もっともっと繊細にMindful(常に注意深く)になって
これまで無自覚だった部分に気づいていく



【Habit, Condition】
アサナや身体の動かし方で気づく
無意識のうちに自分で作り上げていた癖や習慣
自分の楽する怠惰や無自覚な驕り
つまりは無知であることにハッとさせられる


苦手なことにチャレンジするとき
私達は自然と
「弱い部分にとって」
一番楽で負担のない方法で試みる。

弱い部分を補填するために
他の部分にかけている負担
最初はそれが必要だったのかもしれない。

だけど、それが次第に癖となる
そして「ここでいいや」と留まり習慣となる
そして無自覚となり、それがあたりまえとなる。

私の練習の大半は、そんなものでできてたようだ!



【Illusion of "perfect pose" or "final pose"】
アサナの完成形や最終形という幻影に囚われないように
そこへ至る過程こそがアサナの練習である
その過程がしっかりと歩めるように
アシュタンガ・ビンヤサ・ヨガのシーケンスは組まれている

(クルマーサナで十分に身体を開き、準備ができたら、そのままスプタクルマーサナへ移行するのが本来のシーケンス。なのになぜクルマーサナから一旦出て、座りなおして片足ずつ頭にかけるという「余分な動き」を入れてから、てスプタへ入るのか?→答:「アタマに脚をかける完成形に囚われているからです」・・・大当たり!)

全てのアサナは常にチャレンジングで決して終わらない
仮にアサナの最終形があるとすれば、それは肉体の死に他ならない



【Work hard with easy pose!】
簡単だと思っているアサナでこそ、一生懸命に働きかけてみる
どこに効いているのかすら判らないポーズを生き生きとしたものに変えていく
それは全て自分の内から生まれてくるエネルギー・力である



【Power from within】
先生のアジャストやプロップの手助けといった
「外側からの力」を加えることで
それに対抗する「内側からの力」を生み出す練習が
最初のうちは必要かもしれない。
しかしゆくゆくは「外側からの力」を必要とせずとも
「内側からの力」が自身のうちから生まれてくる



【Breath, Root, and Space】
まずは呼吸ありき
そしてしっかりと根を下ろした土台
背骨は常に長く保ち、身体の中にスペースを持つ大切さ
個人的には後屈系でつい締めてしまう仙骨周りが
やっとリリースできて広げる感覚がつかめるようになった



【OR?AND?】
これか、あれか?(=OR) で狭めるのではなく
これも、あれも(=AND) で広げていく

これもアリ、あれもアリ
これがあるから、あれがある

「良い」も「悪い」もない
それを否定するか受容するかの
判断を行う自分があるだけ


CM2.jpg



チャック&マティに大感謝
このWSを企画してくださったプラナパワーさんに大感謝
共に練習できた他の参加者の皆さんに大感謝

アシュタンガ・ビンヤサ・ヨガを普及してくれたグルジに大感謝
そうなるともちろんクリシュナマチャリアに大感謝
というかヨガそのものを連綿と伝え続けてきてくれた全てのヨギに大感謝

OM
VANDE GURUNAM CARANARAVINDE
SANDARSITA SVATMA SUKHAVA BODHE
NIH SREYASE JANGALIKAYAMANE
SAMSARA HALAHALA MOHASANTYAI

ABAHU PURUSAKARAM
SANKHACAKRASI DHARINAM
SAHASRA SIRASAM SVETAM
PRANAMAMI PATANJALIM
OM

category: 未分類

tb: 0   cm: 7

そろそろ春?  

2月後半に始まったドミニク・コリリアーノ氏の4週間マイソールで、すっかり心と体のリハビリに拍車がかかり、すこぶる良好に回復が進み、現在タリック先生のマイソールで練習中。


会社勤めナシの身ゆえ、朝起きてスタジオ行って練習して、そのあと終日ほぼフリー、という毎日。
これって、インドのマイソールで過ごした「温室の中でのヌクヌクとした生活」となんら変わらない
・・・これじゃあ回復も早いはず^^


渋谷のスタジオは、いろんな意味で風通しがよい、湿った閉塞感がない。
カラっとした開放感があるからこそ、自主性がシッカリと意識でき
自立が前提としてあればこその、周囲への寛容が芽生えてきた。
とってつけたような薄っぺらな偽善的ニセモノじゃなくてね。


以前はいろんな部分でバランスをくずしてた。知らずと自分で自分を追い込んでた。
怪我をして、肉体的な制限を持つことで、精神的な部分がちょっと鍛えられ始めた。
「いちからやりなおし~」の練習を再開することで、アチコチの身体リセットが始まった。
生活環境の変化も手伝って、ヨガを離れた部分でも色々なアレコレに揉まれて
ようやく最近いい感じにバランスが戻りつつある。


spring01.jpg



現在の練習はフルプライマリー。調子がよければカポターサナまで。
今はそれ以上進む気持ちにはならない。

アジャストされればカカトがつかめる=カポターサナができる
とカン違いしていた以前の私は
「うーん、まだまだひとりじゃできないから、少しずつ努力して、自力で完成形を目指そう」
という堅気な思考回路をすっ飛ばして
「よーし、とりあえずスルーしたから次のポーズ!」
と、アシュタンガ・ビンヤサ・ヨガのトリッキーな罠に陥っていた。

そうやってチャレンジ性にフォーカスしていく練習もいいと思う。
でも私自身は、弱い部分をひとつづつ潰していって土台をシッカリ築いていきたい。
今はそういう練習をしていきたい。

ドミニク先生のアジャストが「自主性」に重きを置くものだったので、
当然カポタは足先に指が触れる程度だった。
つまり自力でやるのと同じ程度(プラスαくらい)だった。
ここで、ちょっと目覚めた。
あ!ちゃんと、私は自分の足で立って歩こう、って思った。

私のバックベンド嫌いには理由がある。
肉体的に固い部分、精神的に解放してない部分
その相互関連バイスバーサ模様は、結構こんがらがってる。

今現在は、ヘルニアクライシス(笑)の後遺症なのか、
「ハートを守らなきゃー」と閉じていた部分、
胸も肩もみぞおちも頑なにカチーンと固まったまま、ちっとも自由にならない。

後ろに反ることが、前面を開くことが、とにかくとても怖くて呼吸すら止まってしまうのが現状。
でも、今はこの「こわばり」や「閉じてる」こと自体が必要なんだな、と。
それを排除したり、力ずくで無理やりこじ開ける必要はないんだな、と。

だから、カポタもドロップバックもこれまでの3倍4倍の時間をかけて、
深く呼吸してゆっくりリリースしながらの作業。
あわてずに、着地点のみをアタマに描くのではなく、
現状を受け入れて不要なものだけを手放していくだけ。今はそれで十分。

ここ2週間の練習で、タリック先生のアジャストで、今まで逃げていた弱点が見えてきた。
多分カポターサナは自力で完成形ができる、と確信した。
道のりは長くなりそうだけど、焦らず怠けず努力(無謀じゃないよ)続けて、
ココロがそこにシックリとはまれば、きっと大丈夫そう。

弱い部分を放置していれば、他の部分が肩代わりしなきゃなんない。
ホメオスタシスみたいなもんだ。
ニンゲンのカラダって面白い、ココロはもっと複雑で、その絡み具合は相当ファンキー。





来週は5日間だけチャック&マティのマイソールへ通う予定。ま、春ですしね。


category: 未分類

tb: 0   cm: 0

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。