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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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免疫力低下・またまた感染症  

実は日本に戻ってから、ずっとふくらはぎに包帯巻いて練習している。

バリで虫に刺された跡をやたら掻きむしったせいか
今頃になって感染症ひきおこして化膿。
ゴルフボール大ほどに腫れあがった患部が
先週末にはついに膝下全部に毒素が回ってしまった。
足首の浮腫み具合がまるでグルジの足みたいだー、とふざけながらも
ベロベロに腐って皮がむけたケロイド上の皮膚に眩暈・・・。

虫に刺された跡、0.1mmの傷口が
なんでこんな直径5cmのグジュグジュの火傷状
しかも膿が噴出してただれまくりになるんだ?

お医者さんへ行って、抗生物質の点滴と服用をするも
いっこうに収まりません。

ガーゼ当てて、包帯でグルグル巻きにして練習はしてみるも
ふくらはぎのどこを触っても激痛なので、練習がツライ
・・・とくにプライマリーの前半で膝を曲げるポーズは全滅。

マイソールクラスのアシスタントを勤めることになって
現在は自分の練習が終わってからクラスを見学している。
1時間半くらいスタジオ内で立ち続けて、歩き回っているのが
これが結構ツライ・・・足がパンパンになってくるのがわかる。

でも、真剣に練習をしている生徒さん達の中でウロウロして
ただでさえ目障りでジャマな存在なのに
アタタタターと騒いだり、ペタンと床にしゃがみこんだりしていたら
なんかすっごく失礼だよなー、不謹慎!
と思い、ここはちょっとだけ我慢。


flowers.jpg



それにしても、最近、やたら感染症になる。
よくあるのは鼻腔内なんだけど・・・。
ひょっとして抵抗力が低下してるのでは?と
ヨガメイトさんからの指摘に納得。


食生活が変わり、肉魚卵に加えて乳製品も摂らなくなったので、
いわゆる「たんぱく質」の摂取量が減っている。

生活リズムも昨年逗子に越してから随分と変わり、
睡眠時間4時間弱というのが良くないのかもしれない。

また、ヨガ練習、会社での労働、主婦としての労働に加えて、
さらにヨガを教える時間が新たに増え休日がない。

確かに自分の時間や、ほっ、と一息つく時間がないって、これヤバイような気が・・・。


なので、今日は病院でこのあたりを含めて、
免疫力低下が心配なのです~、と相談してきた。
血液検査と尿検査の結果が明日には出るらしい。
その結果次第で、生活改善をちょっと考えていこうかな、と。


なんかメンドイ
けど、必要なことなんだろうな、きっと。



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練習時間  

バリから戻り、いつものスタジオで朝練復活。

これまでと違っているのは
練習開始を1時間半早めて6時からのスタートにしたこと。




ガランとしたスタジオで
自分の呼吸だけが世界を取り巻く
静謐な感覚。

ココロのドリスティが
自分の内部へ内部へと向かい
集中の度合いがまったく違う。

流れをさえぎるもの、なにもなし
そこにはただ空間があるのみ。

自分を見つめる他者の目は、どこにもない
ただただ自分の練習だけが、そこにある。

なんか、すごい。




これまでは7:30のチャンティング後、
先生が自分の練習を終えて指導に入る時間帯に
練習をスタートしていた。

この頃には大勢の生徒さんが既に練習を始めており
スタジオの中には熱気とたくさんの想念でイッパイ。

そんな中で進める練習は
いくらアタマで打ち消してみても
周囲の生徒さん達が気になったり
アジャストやアドバイスを探ったり
先生の「見つめる目」を意識したりで
不自然な緊張が常にそこにはあって。




でも、ほんのちょっと練習時間を早めることで
こういった足枷がなくなったような自由な感じが味わえる。


ふーん、自分の練習をやる、というのは、こういうことか。

アジャストに頼るでもない、待ちわびるでもない。

他者の目を気にするでもない。

自分の呼吸に自分を預け、委ねる。

私の全ての動きが、なにか大きな力に導かれてゆくような感覚。

すごい、すごい。


helpme.jpg




中断することなくサクサクと練習が軽ーく進むので
先生がアジャストを始めることには、ほぼ練習は終了。
カポターサナだけ、サクッとカカトつかませてもらって、それでオシマイ。

バリから帰ってから、意外と胸だけはパカン!と開いたみたいで
後屈がどんどんと楽チンになってきた。
ウシュトラしかり、カポタしかり・・・
なんと嫌いだったダヌラーサナまでもが
デヘデヘと気持ちいい^^

ドロップバックのアジャストでも
足首の下に手を差し込むようになってきて
あれ?もうちょい踏ん張ったら普通に足首掴めそう?とか思ったり。
でも、そこに「必死さ」とか、「足掻き」とか
そういった深刻さがなくなっちゃているのが、面白い。



それにしても、時間を変えただけで
こんなに練習の質が変わるなんて、ちょっと驚き。

4時起きして、5時前の始発電車に乗るのは
ちょっとシンドイけど、それだけの価値はあるかもです。





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寄り道  

バリで思ったこと。

改めて思い起こすと
アシュタンガヨガを始めてからというもの
最初から楽にできるポーズなんて全然なかった。

ほとんどのポーズが苦労して苦労して
少しずつ形になっていった。

新しいアサナは「できない」のがアタリマエ。
それができるようになるまでに、非常に時間がかかる。

デブで四肢が短いという体型のせいもあるけど、
ガチゴチの筋肉をつけちゃったせいもあるけど
関節の稼動域が低いというのもあるけど

なによりも私はアタマが非常に固いのが一番の理由。

lotus2.jpg



ポーズで躓くたびに
いつも思うことがある。

ああ、私はココロの固い部分をほぐすために
ヨガをやっているんだな、と。

ココロを今より少しだけ楽に解放するために
カラダというツールを使ってヨガをしている。

だから、やたらと遠回りするし
寄り道イッパイする。

ショートカットでスコーンと一直線に
先へ先へと進む人たちがずっと羨ましかったけど
この寄り道していること自体が
最近とても楽しい。

今回のバリもそう。
ままならない身体を抱えて
思いっきり寄り道街道まっしぐら(笑)

ポーズは後退
身体中がギシギシのメリメリ
全身で悲鳴をあげてる状態。

でも、それがよかった。
なんか、ポーズから離れたところで
改めて省みることが沢山あって
モヤモヤしてたアレコレが
少しずつクリアになってきて

これでいいのだ

っていう、妙に確固たる自信が
自分の中から生まれ始めてる。

なんか知らないけど、いい感じにリセット。
東京へ戻ってからの日々が楽しみなくらい。


shala2.jpg



今回のリトリートもそうだったけど
「やりたいけど、できない」
っていう愚かな言い訳とはサヨウナラ。

これまで自身と勇気がなくて封印してきたことを
これから少しずつ実行に移していく予定。

それがまた、大いなる寄り道であったとしても(笑)
歩む過程こそが、その意義なんだと。


そんなことをね、ちょっと思ったのでした。





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プラクティス  

バリにいる間、先生の練習を見学してた。

日々のヨガ指導はもとより、それ以外でも四六時中
マメに生徒全員の面倒を見る引率者としての毎日。
疲労や気疲れで決してベストコンディションではなく
むしろ低調だったはずなのに
自分の生徒にミットモナイとこ見せたくない、とか
ブッチギリにエエトコ見せたるでー、とか
そんなつまらないエゴやプライドなしに
快く見学を承諾してくれたコトに感謝。

反対にどんなコンディションであっても
練習はできる範囲でやっていくもんなんだ、と
無言で伝えてくれていたのかもしれない。

ワタシ自身、バリに来てすっかり低調で
かなり凹んでいたのだけど
先生の練習を毎日見ているうちに
少しずつ元気と勇気をもらい
色んな沢山の刺激を受け
思うこと多々あり。



なにもかもが、ままならない。
そういうときも、ある。
それでも、やることを、ただやる




別に言葉でそう言われたワケじゃないけど
態度や姿勢や気持ちの部分で
じんわりと伝わってきた
私がここ2年間で
この先生から学んだことのひとつ。

どこまでポーズが進んでるとか
難しいことがどれだけできるかとかよりも
大事なのは、きっと、こっちのほう。

・・・そんなことを
まだ明けぬ早朝の凛とした空気の中で
淡々と進んでいく先生の練習を
膝小僧抱えながら黙って見つめながら
あらためて再確認したような
そんな感じ。


jump02.jpg



自分の先生がどのような練習をしているのか
それを目の当たりにして知ることで
さらに自分の理解に深さが増すんだ、とも思った。

普段の練習時に言葉で言われることが
実はあまりピンとこない鈍感なワタシなのだが
今回、実際に先生の練習を見ていて
あ、あれはこういうことだったんだ
あ、これがあのことだったんだ
と、やっと理解できてきた。
随分と長い時間差をおいて
ジクソーパズルがパチンとはまった気がする。

先生という立場で、普段生徒へ伝えていることが
表面だけのキレイゴトや他人の受け売りなのか
それとも自身が身を持って経験した真実なのか
そんなことは、一目瞭然だ。

練習は嘘をつかない

それは、外側のカタチだけのポーズの良し悪しじゃなくて
もっともっと深い内側からにじみ出てくるなにか。

たとえば苦手な分野を克服してきた過程や経験
身体とエネルギーの微細な使い方
身体と心を時間をかけて変えてきた
その長いプロセスが伝わってくるような

・・・美しいなぁ、と本当にそう思った。

私もそういう練習をしていきたい。
大切な本質の部分を見失わないように。


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バリ島ウブドのリトリート  

cottage.jpg


夜露がまだ残る未明の朝。

湿気をたっぷりと吸い込んだ緑と土と南国の花の香りに包まれて、生い茂った野原を歩む。

遠くに見やるは田園。

ライステラスの美しい曲線が、少しずつ朝日を浴びてキラキラと光りだす。

迫り来るような濃ゆい緑の波動。

豊潤さを湛え鬱蒼と茂る緑の大洪水。

あちらこちらに蒔かれ置かれる畏敬を現すカラフルなお供え物。

苔むす石像、神棚、寺院、廃墟・・・

神々はそこにも、ここにも、あすこにも。


view.jpg




田園のド真ん中にポツンと立てられたシャラ(ヨガの道場)はスコンと風通しがよい。

外には緑しか見えない。

普段のスタジオの窓からの光景「カントーの看板とパッチワークの空」とは違う。

ドリスティを上に持っていくと、三角茅葺の天井が10mくらい上まで伸びている。

普段のスタジオのむきだしコンクリの天井とは違う。

風は地上に溢れる「いのち」の息吹をそのまんま運んでくる。

普段のスタジオで窓の隙間から流れてくる都会の汚染空気とは違う。

いつもと違う場所、光景、空気と匂いの中で

普段のスタジオでやっているいつもの練習をそのまんまやる。

アシュタンガヨガ

決められたシーケンス、決められた呼吸数、決められた凝視点。


shala.jpg



実はヨガのリトリート(隠遁的修行)というのは初めての体験。

普段の日常ストレスから離れ、この身を清浄な場に置き

よきバイブレーションに囲まれ、余分な雑念なくヨガの練習に集中できる環境

・・・修行の場というよりは、ちょっとした「ご褒美」的な感じ。

煩わしい「俗なもの」たちからの逃避。

いや、単なる逃避というよりはむしろ

そこへ戻るためのリセット。

リセット。


field.jpg







先週末から6日間、バリ島ウブドでのアシュタンガヨガのリトリートへ行ってきた。

とはいっても現在習っている先生主催なので
日々の練習の場所が東京のスタジオからウブドへ変わっただけ。

元々ワタクシ南の島フリーク
(しかしバックパッカー系ゆえアジアがメイン)
だったにもかかわらず
なぜかバリ島だけは縁がなかった。
だけどやっとめぐり合えましたよバリ島。
そして思いっきり人目惚れ
ちょっと片思いっぽいけど。


ooferings.jpg



ヨガよりも、バリとのランデブーにココロ傾き気味で
あんまり真面目に練習できず
っていうか、身体的にボロボロで
普段のような全力投球150%スタイルの練習は
物理的に不可能だったのでちた、グッスン。

実際、腰痛はここにきてイキナリ悪化。
骨盤周り、仙骨周りの筋だか筋肉だかがピッキンパッキン。
ちょっとした動作もアタタタのオバーチャン状態。
さらに、いきなりドッカンと生理が来るし。
身体全体が重いこと重いこと.。
結局普段の半がけくらいの練習しかできず、ちょっと凹んだ。

他の参加者さんたちは揃って
ずっとできなかったポーズができたり
ずっと抱えてきたココロと身体のブロックが解けたり
これまでの練習をウンと上回る進歩があったり
ポジティブな気づきや発見があったり。
リトリートならではの環境でココロが開放されると
いろんなところにソレが現るよ、っていう
そんな「リトリート・マジック」が大爆発。

みなさんの話を聞きながら
「よかったねー」とか言いつつも
リトリート・マジックどころか
反対にブラックマジックにペチャンコにされてる私って
なんだか思い切り落第生みたいなだ、と苦笑。
私の性根が腐りきってるからだと思うけど
神様はナカナカに味のある贈り物をくださる。


market.jpg



いつもできることが全然できない・・・そういうこともある。
いつも全力投球ブッチギリの練習ができるとは限らない。
期待と現状のギャップを安易に埋めたりしない。
自身の幅を知る、いまの自身を認める、許す、ジャッジしない。
腐らない、いまあるものを感謝する、堪能する。
大事なものはアサナ自体ではないことを
アタマ以外で腑に落とす。
呼吸をする、瞑想をする。
エゴと執着を認める。
キレイゴトで誤魔化さない。

そんなお勉強の6日間だったみたいだ。
いやー、本当に神様はいつも
ナカナカに味のある贈り物をくださる。


monkeys.jpg



いろいろと感じたアレコレは
また追って記することにして
とりあえずは、ただいまです。




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かごめかごめ、籠の中の鳥は  

なんか窮屈だな、と思った。

押しつぶされそうな閉塞感というか
前後左右360度に規制がかかっている感じ。


なにか行動を起こそうと思ったときに
「○○○したいけど、できない」
言い換えれば
「状況がそうさせてくれない」
と、ヘンテコな言い訳をしている自分がいた。


「できない」理由を、あくまでも自分以外の外部のせいにしてるだけで。
会社がどうの、家族がどうの、友人がどうの、常識がどうの・・・
自分は「それ」をしたいのに周囲や環境がそれを許してくれない
と愚痴ることで、安易に自分の責任とやらをスッポリ放棄。


アナタが○○○することを禁じているのは、果たしてナニか?
と問われれば、それは「私自身」以外に他ならない。


自分で自分の周りに大きな柵を取り付けて
その檻の中に自分を縛り付けておきながら
「ここから出たいの~、ク~ン」
とグスグス鼻鳴らしてる、ひとりパントマイムみたいだ。


「できない」は言い訳
「やらない」が事実
「変化への恐怖」が要因



不平不満で醜く自身を腐らせながら
ブーブー愚痴って同情してもらって
安っぽいエゴをお慰み・・・
そこがアナタの居場所なんだ、と
そこにずっと留まりたいんだ、と
そういう選択を自らしているだけのこと。




私はここ1年半の間に
沢山の沢山の言い訳を自分に言い続けてきた。
自分の選択に責任を取らず
周囲や環境のせいにしてきた。


そして、なんか窮屈だな、と思った。
押しつぶされそうな閉塞感というか
前後左右360度に規制がかかっている感じがしてきた。


んで、ふと気付いた。

なんだ、私は自分で作り上げてる監獄の中にいるんだ

そんなら、ここから出よう。
そう思って、行動を起こすことにした。



嘘や取り繕いや偽善はヌキにして
まっさらな自分のまんまでいれば
どんなconsequence(それにより引き起こされるモノゴト)も
ちゃんと引き受けられることが判った。



やっぱり、モノゴトを複雑にしているのは自分だ。



とりあえずは、歩をゆるめて一息ついて
自身の足かせを解いてみる。


出来る限りシンプルに、そして真摯になっていけば
あれだけ足掻いて苦しんでジタバタしてた問題も
結構スルリとほつれた糸が解けてくる。


いらないものをどんどん捨てていく。
大事な部分をもっともっとクリアにしていく。
それだけで、どれだけ軽くなっていくことか。


あ、これって・・・
アサナの練習で得る気づきと
怖いくらい似てる、というか、そのまんまだ。



変化
停滞
恐怖
抵抗
解放
チャレンジ




そこにずっと留まりたいのか否か?




問う勇気も、答える勇気も、自分次第。



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あ、見えた  

スタジオはガラガラ、湿気で汗だく、カラダは重々(オモオモ)
体中痛いし、やってもやってもなかなか終わらない~、と途中で半ベソ。
久々にビンヤサを端折りたい衝動に駆られた。

それでもなんでか、カポタは気持ち良くなってて
独りで後ろへ降りていくときに、初めて自分の足先が見えた。

アジャストの際に「目で足探して~」と言われるたびに
「そんなもん見えるワケないじゃん」とプンスカしてたけど
そうか、こうやってカラダって変わってくるんだ。

あの時の「アリエナイ」が
いつの間にか「できるかも」に変わってる。
ふーん、スゴイこっちゃ。



最後のスプタバジュラーサナを終えて、ドロップバック~フィニッシングで90分。
むかしはハーフで2時間以上かけてたことを思うと、メチャクチャ早くなってきた。
だけど、もう少し早くやってね、とは先生の弁。
どこを短縮すればよいのでしょうか?

ベカーサナで足一本ずつ事前準備したり
ウシュトラーサナを3回ゆっくり繰り返したり
セカンドに入ってからのジャンプバックが
「アタタタ・・・」状態なので何度もやり直したり
この辺りのことを指しているらしい。

もっとサクサクサクッとやっていくべきなのかな?
セカンドは苦手なポーズばかりなので
ゆっくりじっくりちまちま伸ばしつつやってく方が心地良いのだけど
・・・でも確かに、これじゃアシュタンガヨガじゃないのかも。

明日からは、プライマリーと同じように
セカンドに入ってからも途切れない集中力を目指してみよう
と、ちょっとだけ前向きな良い子です。




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ほんのちょっとね  

inside outや~!

と、後屈で遊んで過ごした休み明け
今週火曜日からの練習はというと。


体重が減ってきてるせいか、軽い。
カラダのアチコチの抵抗があまりない。

ついつい寝坊ばかりして、時間がいつもギリギリで
サクサクサクーっと90分で練習が終わる(早っ)
ジャンプスルーがラクにスッとできるようになったからか
シッティングに入ってからが、むちゃ早い。
スーハー、カチャカチャ、スーハー、カチャチャチャ・・・
自分がぜんまい仕掛けのロボットみたいで笑える。





さて、後屈系は?というと
これまた・・・絶句・・・

果たして、やはり

inside out
内から外


の感覚がそこにはビンビンにあって
シャラバーサナから続く後屈系のアサナが

ずーっとキモチイイ!

ウシュトラーサナなんて法悦状態で
絶対アブナイワタシ・オン・マイ・マット・ウィズ・ノー・スティンキー・ラグ・プリーズ

天然のバックベンダー(生まれつきの後屈派)にとっては
ウシュトラーサナなんて、「ナニコレ?」ってくらいの意味ないポーズらしいが
天然のアンチ・バックベンダー(後屈全滅苦手派)としては
ウシュトラーサナは、基本的に相当ブッチでゼイゼイきついものなのだ。

それが、本当に心底気持ちよい!と感じられるまでに変化したという事実と
この新たな感覚を味わう醍醐味といったら、アータ・・・
後屈苦手派に生まれた甲斐があるというものだ(ちょっと意地になってる)



カポタもソロリソロリと独りでやってみると

くーっ!キモチイイ!

特に胸のあたりが、それこそinside outで
内からペロンと外側に剥けたみたいで
ああーん、もっとー!
のアブナイ世界・・・

だけど、腰の痛みでハッと我に返るんですけどね(笑)



なんてデヘデヘ^^練習してたら
いつの間にかカポタのアジャストが入って
脳内麻薬ビシバシ大放出中だったから
ウギャー!と騒ぐ間もなく
ペロンと胸開いてカカトすっぽりつかんでた。

あららら?
辛いけど、痛くない。

この4ヶ月の戦いは何だったのでしょうか?


ついに私サレンダー、前面降伏?

初:カカトつかんだ完成形で
自立して5呼吸。



もちろん、1人じゃ全然ムリムリ。
だからこれからもチマチマと毎日やって
何回も何回も繰り返して繰り返していくだけなんだけど。

でもなんか、ちょっとだけ、一筋の光明が見えたというか
時間はかかっても、そのうち1人でもできるようになるんだろうなー
という確信がシッカリと芽生えた。

最初から「ムリ!それできっこない!」でアタマとココロとカラダを頑なにしてても
飽きずに繰り返していうくちに、いろんなとこで変化や発見は必ず起きて
頑ななガジガジ度合いが、ちょっとだけ緩んでゆく。


この「ちょっと」が、どれだけ「ほんのちょっと」であっても
決して「期待はずれ」と過小評価せずに
しみじみと慈しみ堪能する、それこそが醍醐味。


地味ながらも、変化は必ずある。
要は、そこに気づくか気づかないか、だ。
「変化」への過剰な期待は、その瞳を曇らすだけ。


視点は常に現在へ、繊細に。
難しいけど、すんごく大事。



私がずっと飼っていたangry bearは
結局自分のふがいなさに対する怒り。
自分で設定した「あるべき像」に
がんじがらめになってただけの話。



今週に入って、もうカポタのアジャストでで叫ぶことは無くなった。

キツイし辛いけど、それを感じる自分がしっかりと在る。
そう、逃げてない、ちゃんとここに「在る」って感じ。
物理的にはカカトを掴めば安定感が生まれることに気づいた。
だから、そこに「居られる」のかもしれない。


またひとつ、ちっちゃなコトだけど、通り抜けた感じがする・・・フッ
・・・なんて秋っぽくスカしたこと思った矢先に



「はい、スプタ・バジュラーサナ」


sptavajurasana.jpg



ウゴゴゴー!
背骨バッキンバッキンのゴリンゴリン音してるじゃないかー!
ワタシャ腕が異常に短いんだよー
こんなん、できるかー!





以下、一生つづく (らしい)






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inside out  

しかし今回の3連休は、今までとちょっと違っていて、少し戸惑ったのも事実。


まずは、マインドの状態が随分と変わってきた。
お休み期間は、練習している日々と比べて、精神的にかなり静謐になるが
その差が今回かなり顕著で、常に四六時中が瞑想中、といった感じなのだ。

食に対する意識が根本的に変わって以来
砂糖と乳製品が要らなくなってからというもの
マインドの揺れの「振り幅」が狭まってきていて
多分それと関連しているのかもしれないな、とか思いながら
これまで随分と感情の起伏が激しかった自分が
なんか遠い昔みたいで、なんか変な感じ。


そしてもうひとつは、もう少し肉体的な部分での、新たな発見。

実は週末やムーンディは
アシュタンガヨガの練習はしない代わりに
アーダコーダと不得手なポーズやストレッチをチマチマやるのが好きで(笑)
ここ半年以上は、やっぱりバックベンド系が多い(・・・というあたり、やっぱ執着強っ^^)

で、土曜日の夜、コブラとか、キャメルや弓のポーズ
あと鳩のポーズの予備ポーズとかやっていて
うわわわわっ!
っと気づいてしまった・・・

inside out
内から外 へ


というヘンテコな感覚。



バックベンド=反る
バックベンド=前面を延ばす
バックベンド=「アタマ⇔足先」の上下の力

というのがこれまでの私が知っている身体感覚。
割と身体の表面側で完結している感じ。


ところが、湯船の中でダヌラーサナをしていたら(笑)
突然、人体解剖図のように胸を左右に切り開かれてるような
「内側が外側へひっくり返って飛び出す~」
という感覚が生じてきた!

これがもう、2Dから3Dへの展開のごとく・・・
結構衝撃で、あわてて湯船で溺れるかと思ったくらい。

inside out
内から外


別に内臓をドピャーっと外へ撒き散らすだけじゃなく
精神的な、感情的な、内に秘めていたモロモロすらも全部
ドピャーっと外部へ、外の世界へ、ぶちまけるがごとく・・・・
公衆の面前で素っ裸になって大股開きになるより恥ずかしいような
それでいて、妙に甘美な感覚、ヤバイ!エロイ!


250px-Vesalius_Fabrica_p190.jpg



試しに色々と後屈系のポーズを試してみる。
・・・違う!
もう、アップワードドッグからして、違う!
ダヌラもキャメルも似非カポタもみんなパッカーン!と

inside out
内から外


おおおおおー・・・(ワナワナ)
なんて遊んですごした3連休でしたのだ。

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