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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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年の瀬  

気がつけばもう年の瀬。

「あらまぁ、いったい何をしてきたのだろう?」って、あっという間に1年が過ぎてしまったことに、いつもながら愕然とする。でも、改めて振り返ると、今年は刺激の多い年だった。

インド放浪という貴重な体験と、湘南へ引越してからの生活。これは物理的に、かつ精神的に大きく変化をもたらした今年の2大イベント。

ヨガと瞑想を通して見えてきた自身の変化は、インド・マイソールでのヨガ修行、Sun&Moonという非常にスピリチュアリティに重きをおくヨガスタジオ主催のTTC(Teacher Training Course =指導者養成コース)を受けたこと、毎日の朝練で培い大発展を遂げた集中力、クラニオ・セイクラルとの出会いと実践、ポーズだけでないヨガを教えるという経験、そして先週終えた陰ヨガのTTC体験などから、沢山の影響を受けてきた。

先々週にヨガで怪我をしてリハビリに突入。同時に陰ヨガという、これまで私が毎日実践しているアシュタンガヨガの対極にあるヨガのTTCがスタート。おかげでココロもカラダもリセットできて、新たな方向性がはっきり見えてきた。

会社は早々に冬休みに入っちゃったけど(TTCもあったので)、双方の希望をキチンと話し合った上で、来年1年間の契約更新も決定したので、年が明けたら、また頑張ります。

新たに出会った人達、貴重な時を共に過ごした人達、ほんの一瞬であっても深い繋がりを持てた人達、一緒にいることがあっても繋がりを切ってしまった人達、実際に会えなくても繋がっている人達、死別してしまったけど永遠に繋がっていられる人達・・・本当に沢山の出会いと別れがありました。それは、物理的に捉えるのか、魂レベルで捕らえるのか、で変わってくるけれど、でも根本では時空を超えて皆繋がっているんだ、という確信が強くなった年だった。



基本はハートの部分。

ここがちゃんとシッカリしてれば、大抵のことは大丈夫。

国籍も文化も関係ない。

恐怖や保身のために線引きをする必要など、まったくない。

ノー・ジャッジメント。

Life can be so simple...only if 私たちがそう望めば。



クリスマスにはローストチキンをメインとした、英国風クリスマスディナーを作るのがしきたり(!)なのだが、ここ2年はダンナさんと一緒にクリスマスを迎えてこなかったので、本当にこれは久々のイベントです。だって、私、いまやベジタリアン!でもね、変なこだわりは全然ないので、せっかく私達ニンゲン様のために犠牲となった鶏さんを供養する意味でも、ちゃんと食べましたよ。2年ぶりの肉(いや、昨年フィリピンでと殺されたばかりの豚を食べました)は、食べた途端に体の中で強力なエネルギーに変わるのが凄かった!食べてる最中からカラダがポカポカ暖かくなって、2日くらいは「いつもと違う元気さ」が体内に漲ってました。これが動物性たんぱく質なんだなー、って、改めてビックリした。

皇居周辺は子供のころからの遊び場だったのと、今でも神保町絡みでよく徘徊してるので、私の故郷みたいな場所だ。こないだ寄り道してたら、クリスマスも過ぎてたのに、なんかやたらとライトアップされててキレイだった。

でも休みのたびに、太陽がゆっくりと落ちてゆく海岸を、ぼーっと眺める贅沢にまさるものはない。ああ、ここが、私の第二の故郷なんだなぁ。

さきおとついに陰ヨガのTTCを終了。たくさんの発見、と気づきで、心身ともに大掃除がなされた気分。

おとついは年内最後のマイソールクラス・・・でスタジオが水漏れ水浸し!になるというアクシデントに見舞われ、会社の年内最終出勤を終え、ひと段落~。

昨日は普段は行かないレッドクラスに参加後、1年間お世話になったスタジオの大掃除。それから先生や生徒さん達と一緒に朝食。それから、お母さんとランチ。それから、ダンナさんとデート。

今日は長谷のマイソールでサクッとリハビリヨガをしてから、さーて大掃除!である。大きな窓の外は、キレイな青空が広がっていて気持ちいい!

明日の大晦日は、奥武蔵の山中にある竹寺というところで、年内最後のアシュタンガヨガをやります。これは1泊2日の企画なのだけど、私は日帰りで参加。1年間の感謝の気持ちをこめて、ちょっぴり厳かな気持ちで、楽しんできたいと思ってます。

そんなこんなで、あら、やっぱりヨガづくしの1年でしたね~(笑)

でれでは、みなさま、良いお年をお迎えください。

Om, Shanti, shanti, shanti



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リハビリ  

うわー、ビックリしたー。

人の身体って、こんなに変わっちゃうんだ?

ヨガ禁止令が出たにも関わらず、ノコノコと行った朝練で、なーんにもデキナイ自分を発見。

七分目くらいでサクッとやっとくかー、なんて呑気に構えてましたが、なにをおっしゃるお富さん、これまでの1/10にも満たない状態です。

力も入らなきゃ、バンダも入らない、なによりココロにやる気がないから、どーしようもなくヘロヘロ。

なんかもう、「このポーズ・あのポーズ」がデキナイ!っていう一般常識的次元じゃなくて、ここで練習していること自体が根本的に間違っている(笑)、そんな感じ。

フツーに一生懸命練習している周りの生徒さんとは、一線を画したオーラを発しつつ、リハビリに励むおばあちゃんの気分。

自分がやってるこれは、もはやアシュタンガヨガではないー!ってのがハッキリしたからか、悔しいとか悲しいとか憤りはなくって、もうここまでくると、反対に清清しいくらいで。

あーんなに夢中になってたアシュタンガヨガが、遠い、遠い。

帰りに代行先生にも言われたけど、今の私には、アシュタンガじゃなくて、別のヨガを見つけなきゃいけなさそうだ。

で、今週末から陰ヨガのTTCがスタートです。

ふーん、そんな風にモノゴトは回っているのですかね?

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ヨガ禁止令  

最近カラダが変わってきた、特に胸が開いてきた
と気づいたのはここ1ヶ月くらいの話。

と同時にカラダ全身に奇妙な感覚が現れ
背骨を中心に違和感や傷みが出てきたけど
そんなものなんだろうな、とタカをくくっていた。

背骨の下の方の腰骨は、やたらボッコリと変形していて痛みも鋭く
ちょっとヤダナー、とは思っていた。

先週金曜日は横浜に用事があったので、会社はお休み。

わざわざ東京へ出て行くのもアレなので
朝練は近所の鎌倉マイソールへテクテクと。

やたらレトロな畳部屋の練習所で、全ての雰囲気がまったり、ゆったり。

私も気が抜けてた、というか集中力が全然出なくて
ついつい油断して、やっちゃったよ腰、グスン。

いつもと違うアジャスト
とくにドロップバックは気をつけなきゃダメだね~。

「え?え?あれ?なんか、おかしい!痛い・・・
でも、これはいつもと違うから痛いんだろーなー」
というのが間違いの元。

そのときは、「アタタタ・・・!」くらいで済んだけど、
後からシッカリ来ました><・・・カラダ、動かない~!

予定していたマンジュ・ジョイスのWSも取りやめ
練習もお休みして、ひたすら回復を待つインザベッド。

しかしついに「これはアカン!」と整体へ駆け込み
どれだけカラダに負担がかかっていたかのお説教とともに
ヨガ禁止令、がーん。

「あらー、こりゃダメだよー、ヨガは当分禁止だねー」
「えー、そこをなんとか、やっちゃダメですか?(涙目)」
「そんなにまでして、なんでやりたいの?」
「えーと、えーと、これは修行なんです」
「そんなん、カラダ痛めちゃ修行にもなんないじゃん?」
「いや、あの、これはココロの修行なんです」
「(笑)じゃぁ、やってもいいけど、7分目程度でね」


結果、土日月と3日間練習はお休みしましたが
もうカラダがうずいてます。

本当は今日の夜マイソールへ行こうかと思ってたけど(←やっぱりバカだ)
周囲の心ある暖かいヨガメイト達から
思いっきり「ダメー!」と叱咤してもらい
「あ、イカン、イカン、また突っ走るところだったー」と反省。

自分のアホさ加減は、毎度のことだけど、それよりも今日は
「インテンシブなプラクティスよりも長い目で見ることも大事」
そう言ってくれる人がいてくれることが、なんかスゲー嬉しかった。

ところで、私の身体は、通常よりも柔軟性がなくて
稼動域も狭いらしいです。

なのに無理してやっているから
負担がウンとかかっちゃうみたいで。

だけど股関節だけはやたら開いてるので
そこに頼りすぎ、というか、勘違いしちゃってるらしい(笑)。

ほうほう、そうか、そうなのか、ちっとも気づかなかったぞ。
まずは、自分の身体を知れ!って気が、してきたー。


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パワー・オブ・ヨガ  

週に1回のヨガレッスン。
家を出るその直前に、ダンナさんと激しい喧嘩。
マインドがトンがりアチコチに突き刺さり、荒れに荒れる暴風雨。
こんな状態でヨガをやる?しかも、リードする?
それって、無謀というか、ほぼ不可能じゃない?
と一気に落ち込み、寒空の下トボトボと会場へ向かう。
あんまり寒いので涙と鼻水がポロリと落ちてくる。
ココロの奥底で、アニッチャ・アニッチャ・アニッチャーと、ゴエンカジの声。
いや、単に自分に言い聞かてるだけなんだけど。

生徒さん役のSちゃんが来るまで、和室の会場で瞑想。
ハートにバラの花とダイアモンドをキープする。
愛と慈しみなくして、ヨガもへったくれもない。
とりつくろった表面だけの薄っぺらな善人気取りじゃなくて
内の深いところから響くバイブレーションのように溢れでる純粋な光。
それを、ひろいにゆく。

ラクチンな時にホゲホゲとイェイ・ピース:)とか言って、愛をポケットから取り出すのは簡単だ。
だけど、怒りや恐怖や悲しみや否定や恐慌の嵐の中で、いかにして、自分の底に眠る光を探しにゆけるのか?

海の奥底に潜るダイビングで、海面の荒波に揉まれて、マスクははずれる、レギュレーターもはずれる、なかなか海底に辿り着けない、そんな感じ。私の荒々しいマインドがザブザブと音たてて、とりつくろったエセ善人の仮面はすぐにはずれちゃう。だけど、奥底にある本当の光は、なかなか届かないんだけど、荒波で隠されて簡単には見えないんだけど、でもそこにちゃんとあることは判ってる。あとは、どうやって、そこに辿り着くかだ。

呼吸~
ヨガのレッスンをするときに、なんどもなんども、口をついて出る言葉。


Equiminity 平静さ
ウワーとなった時とか、難易度の高いアサナをする度に、なんどもなんども、自分に言い聞かせている。


これはマーヤである
ちょっと逃げが入りますが、わりと有効な秘密の呪文・・・あっ!秘密じゃなくなっちゃった!


あわてない、あわてない
一休さんの声は、今でも、事あるごとに頭のなかグルグルします、グルグル。


自分の中心へ還る
どんなに迷子になっても、戻ってくるお家があれば、いつでもなんどでも戻ってこれる。



10分ほどの瞑想で、迷走していた私のマインドは落ち着きを取り戻し、生徒役のSちゃんが来た頃には、ハートがほころび始めてた。パワーオブヨガ恐るべし。

お疲れモードのSちゃんの状況も考慮して、今日のレッスンはココロのストレッチ中心。身体を伸ばしたり捻ったりするだけがヨガじゃない。

ナディショーダナというプラナヤマでバランスを整えて、ブラーマリーで身体の内部へバイブレーションを響かせレゾナントっぽく内部調整、そのままの勢いで身体の感覚を感じるヴィパッサナ瞑想、自分の中心線を左右前後のバランスを取りながらしっかり意識して、つづけてハートチャクラにバラとダイアモンドを置き愛と光を感じて、メッタバーバナで世界へそれを放ちつつ、合掌オーム・・・リラックスしたポーズへと移る。

肩周りと肩甲骨や首の凝り固まりやすい部位を丁寧にほぐしていき、感情の溜まりやすい股関節をゆるゆると緩めてゆき、軽い前屈系でまったりと・・・そして、肩立ちのバリエーション、頭立ち、ハンドスタンド、ブリッジ・・・と逆転系で遊びながら刺激を味わい、チャイルドポーズして最後にチャンティング、そしてシャバーサナ。

なんか、毎回やること違うー、と自分でも驚く。でも、こうやって引き出しの数が増えていくのは楽しい。

元が瞑想好きだからかもしれないけど、いろんなアプローチでの瞑想の誘導が、結構面白い。ポーズと違って、生徒さんの「でき具合」は目で見てわからないけど、ちゃんと「感じる」ことができるから不思議だ。自分が内に篭ってたらイカンけど、ちゃんと生徒さんを含む教室全体の空気にマインドフルになっていれば、間違った方向へ逸れても、軌道修正ができることに気付いた。

プラナヤマとチャンティングも、その楽しさと深さを、どんどん体験してもらいたい。呼吸も発声も、それぞれが独立しているのではなく、ちゃんと身体とココロに連動してくるのを、感じてもらいたい。ポーズの練習だけをしたい人が大半の場合、こういう「ポーズ以外のヨガ」はアブナーい!って敬遠されちゃうのかな?どうなんだろう?このあたりがチャレンジになりそう。

お疲れモードだったSちゃんが、シャバーサナから現実世界へ戻ってきたときにはお風呂上りの赤ちゃんみたいで、かわいかった。「いや~、ゆるんだ~、ありがとう~」なんて言われると、「こちらこそ、一緒にやってくれてありがとう」って気持ちになる。Sちゃんのその笑顔こそが最高のギフト。ギブ&テイクじゃないね、って本当にそう思う。

ああ、今日もヨガができて、よかった。直前にやってきたココロの暴風雨には、ちゃんと意義があったのだな、とか思った。試練をお与えになってくださって、神様アリガトウ。ダンナさん、アナタの短気さ加減と、底意地の悪さに心から感謝します(笑)

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いまだからこそ  

ここんとこ、ずっとカラダが痛い。

リズムの狂った生理に振り回された先週末の休息で、
一気に背骨から腰にかけてバリバリのボロボロ。

昨日も今日も、こわばったカラダをウンウンと延ばして縮めて、ギクシャクの重々だ。

だけど、やっとこ練習を終えると、ガクガクが治って体中が少しだけ楽チンになるから不思議。

これは、怪我や肉体的ダメージの痛みじゃないのは判ってるだけに、
とりあえずは通り過ぎるのを待つのみか。

でもなんか、こうギクシャクだと、カラダの表面だけでヨガやってる感じがずっと抜けない~。

嘘っぽい、というか、深いところまで届いてない、というか。
ま、そんなときなのかな?
そうなんだろうな。

あわてない、あわてない。
そんなにうろたえない。
・・・って、自分に言い聞かせてみる。

昨日の日記を読み返して、苦笑。
わははは、相当腐ってやがります。
ま、そんなときなんでしょうね。



ここ最近、どうもエゴ満載の情けなくも醜い自分ワールドに陥っているので、
練習後にはメッタ・バーバナの瞑想(慈悲の瞑想)をするよう心がけてる。



この身は汚濁に塗れていても、視線だけはちゃんと光の方向を向いておこう。



今いるネガティブな負のサイドからでも、ちゃんとキレイな種をまくことはできる。


Bhavatu Sabba mangalam



こういうときだからこそ、ことさらに、意識して。



久々に読み返しているチベットのハートヨガも、
日々の暮らしの中で常に意識的に胸に留めておけるように。


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今日の不機嫌  

私より先に先生の方が根をあげたみたいで、

相も変わらずパシャーサナが全然できてないのにも関わらず、

次のポーズ、クランチアーサナへ駒が一歩進む。




フツー、ここで喜ぶはずなんでしょうが、

シニカルに捻くれた愚かなヤサグレ者としては、




ふーん、こんな中途半端な状態でいいんだー?

昨日とおんなじでパシャーサナは全然「できてない」んだよ?

「できない」から、何ヶ月も何ヶ月もここでストップさせてたんじゃないの?

悔しさと歯がゆさと他人への羨望や嫉妬でココロをガチガチにしてさ。

なのに、なのに・・・なーんか、一貫性なくない?



と、一気に不機嫌になった。





あれだけ苦労して、カラダとココロを痛めてきたトコロのモノが、

こーんなあっけなくスルーしちゃうのは、納得いかないね(笑)





・・・ああ、ばからしい。




あんなにバカみたいに本気になって、やみくもに一生懸命になってたなんて。


なんか、くだらねーなー、とか思った。


たかがヨガのポーズじゃん、なにやってたんだ自分?




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バックベンド物語  

バックベンドのアジャストは、苦手なだけに、いつも辛い。
それはよーく判っているんだけど、それでも今朝は比べ物にならないくらい格別の辛さ。
まるで私という存在そのものが全力で「NO!」と叫んでいたようだった。

ドロップバックして床についた手を、自分の足の方へ歩かせて、更に歩かせる。
その自分で出来るギリギリのところから、更に「もうちょい!」と先生が手を引き寄せる。
ここが、キツイ、一瞬、息が詰まる、でも胸がイッキに開くのが判る。
そこから腕と脚をまっすぐに伸ばすアジャストが入り、これも、キツイ、体中がバラバラになりそう。

今朝はアジャストをしてくれている先生の足に手が触れて、ひょっとしたら自分の足にもそのうち届くのかな?とか思った。
でもそんなことよりもまずは「現在、目の前にある苦痛」でイッパイイッパイになって、ハイ終了。
ああ、今日もスンゴイことしちゃったんだわー、と放心して、朝練終了→今日も一日が始まる・・・にしては既にヘロヘロである(笑)

で、後から聞かされたのは、触っていたのは先生の足じゃなくて、自分の踵だったそうだ。
え?なにかに「触っている」という自分の手の感覚はあったけど、なにかに「触られている」という踵の感覚はなかったぞ?
バックベンドで自分の足首掴むなんて、できるとも、やりたいとも思ってなかっただけに、それ聞いたら腰が抜けそうになった。

確かに数ヶ月前に自分のバックベンドを鏡で見たときは、長いテーブル状態だったのに・・・人のカラダって解んないもんだなぁ。

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あれっ?  

あれっ?

なんか最近カラダが違う。

アジャストをする先生も驚いてるけど、私自身はもっと驚いてる。

肩を痛めてから1年以上自己規制かけてた、「ジャンプバック時に重心をうんと前に乗せるハンドスタンドもどき」が復活。前は無理してやってたけど(だから痛めた)、もう大丈夫みたい。

ジャーヌシルシアーサナでの前屈が、うんと楽チンで力が抜けてて、身体の中のスペースがたっぷりあって、滞りがない。

パシャーサナは、もちろんダメダメなんだけど、それなりの低レベルでの進歩が顕著。

この2年間のマイソールスタイルの練習で多分、今が一番急激な変化をしている感じだ。

ちょっと怖いくらいの、でもワクワクするような、不思議な感覚。

シャバーサナから蘇ってきて、陽射しがサンサンと差し込むスタジオの中、ひときわ際立つ爽快感に包まれて、合掌。ナマステ。

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ところでダイエットの件・その2  

さて今やどこの本屋に行っても目に付く、岡田斗司夫の「いつまでもデブと思うなよ」から、私が何を得たか?というと・・・

*デブは、デブであるためにとてつもない努力をし続けている=必要以上に食べ続けている努力だ

*フツーに身体の声を聞き、自然な食欲のリズム~空腹や満腹に忠実であれば、人間の身体はデブになるようにはできていない


という、この2点につきる。
ごくごくフツーの当たり前のことだけど、これまで私はまったく理解してなかった事実なので、なにをいまさらイスラエルだけど、人生の大半を棒に振った「デブである」という根の深い問題解決の突破口なるかー?とちょっとコーフンしてきた。

つまり私的に解釈すると・・・
食べることに対して頭や感情による「満足」「不満足」が拠り所になっているので、感覚が鈍化し肉体的な「空腹」や「満腹」が感じ取れない。だから、沢山食べて胃腸が満腹であっても、感情的「飢餓感」にコントロールされてしまい、満腹なことに気づかない・・・つまり、身体の声が聞こえていない状態。口寂しいから、とか、残すのがもったいないから、とか、帳尻が合わないから、とか、今食べておかないと・・・、とかいう理由による食事もしかり。マインドで食べているっていう、それだけのこと。

うーん、そうですね。これ、私です。

まずは、自分がどれだけ食べているのかを、正直に記録してみれば、この事実は否が応でも証明されるとのこと。「食べてないのに太ってる~」と文句たれてるおバカちゃんは、これで大発見をするらしい。どれどれ・・・私もちょっと記録をつけてみた、あら~、ギョッギョッギョーである。本当だ、デブであるということは、必要以上に食べているのだ~!


朝5時:起床

7時半~9時半:ヨガ練習

10時:通勤途中でキャラメルフラペチーノ(夏場)・キャラメルマキアート(冬場)

11時:朝食がわりの間食@オフィス
マフィンとかドーナッツとかシュガートーストとかの甘食系×2個
ブルーベリーヨーグルト
りんご・なし・柿・みかん・バナナのいずれか(季節による)

14時:手作りランチ@オフィス
玄米のおにぎり×1個(ただしかなりデカイ)
蒸し野菜(カリフラワー・ブロッコリー・ごぼう・かぶ・人参とかが多い)&ゴマ系ドレッシング
りんご・なし・柿・みかん・バナナのいずれか(季節による)
インスタントの無添加お吸い物

15時~18時の間:間食@オフィス
チョコレートとかクッキーとか甘いおやつ
ナッツは常にポリポリ食べてる
ドライフルーツ(マンゴ・イチジク・プルーンなどがお気に入りの模様)
豆乳カプチーノとか、メープルミルクティとか、ココアとか
たまにはアイスクリームも食している
差し入れのお菓子が多い職場なので、回ってくれば全て残さずいただく

19時~21時:帰路
夕食は食べないから、という言い訳の元、あんまり空腹にならないようキヨスクでお菓子を買って食べながら帰る(ドライマンゴとかベルギーワッフルとかショートブレッドとか輸入系お菓子が多い・・・なんで新宿駅構内に「成城石井」とかあるのだー?)


2日間記録をつけただけで、嫌になりました。1日平気で3000kcalくらい摂取してます。その殆んどは間食です。自分の認識では、ランチしか食べてないと思ってましたが、オフィスに居る間ずっと食べ続けていました。特にナッツは、肉も魚も卵も食べないから貴重なたんぱく質源として、沢山食べており、これはものすごいカロリーです。

なんで、私はデブなんだろう?の答えが出ました=太る分だけ不必要に食べてるからです!
それも、本当に胃腸が空腹だから食べているのではなく、マインドや感情で食べているのです!
「私、あんまり食べてないのに、なんでデブなんだろう」なんて、もう金輪際言えませんね(笑)

ヨギの胃袋は「1/2食物・1/4水・1/4空気」と言うじゃないですか?それが、私の場合、胃のキャパ+50%増量でもまだ飢餓感を感じてる、っていう・・・。

食べる=何のために?心を満たすために?なんで?
私は今、本当に空腹なのかな?
まだ口をもぐもぐさせているけど、本当はとっくに満腹なのではないかな?
この「食べたい」っていう欲求は、どこから来ているのだろう?

瞑想などで、自分の感覚には敏感になっていたと思ってたけど、こと食欲に関しては無法地帯もいいところ。正直、「空腹」「満腹」をカラダで感じられない。だって、それはいつもマインドからの声だったから。誤魔化すように、いつも緊張しているマニピュラチャクラのあたりを麻痺させるために、モノを詰め込んできたみたいだ。

マイクロダイエットとか、他の安易なダイエットは、やめとこう。まずは自分の自然な「空腹・満腹」を感じるようになろう。何か問題があるのなら、そこにちゃんと立ち向かおう。そこからスタートだ。食べる、という行為を義務や代償行為にしないように、きちんと味わって、マインドフルになってみよう。一口一口が、どれだけの深みを持って、自分のカラダという宇宙で、どのように代謝され廻って還ってゆくのか。これまで気づきもしなかったことだけど、ちゃんと見つめてみよう。そんな、静かな決意が生まれてきた。

1ヶ月2ヶ月で痩せようとか、体型をどうこうしようとか、それは無意味になってきた。今の自分のカラダは、今の自分そのものを現しているにすぎない。根っこの腐った植木の、花の部分だけ美しく着色しようとしても、それは一時的な嘘っぱちでしかない。

なんらかの理由があり私はずっとデブであった(今もだけど)。最近になってヨガを始めて、体型が邪魔になってきた。だから今回のような形でその要因を振り返ることができた。きっと先は長いけど軌道修正の一歩が踏み出せたのかな?って、ちょっとだけいい気分であります。


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サンキュー・パシャーサナ  

先週は生徒数が少なかったせいか、かなりインテンスな練習だった。

特にバックベンドの深さで「限界をはるかに超える経験」をしたのが、一生に残る思い出かも。

そのおかげで心身への影響がかなり顕著だけど、まぁ、そういうもんかな?と、あんまり気にしないようにしている。

先週末は「自分にやさしいウィークエンド」ということで、練習は2日間ストップしてカラダを休めた。

たまにはこういう休息も必要なのだな。

ところで最近私がヤサグレている原因のパシャサナ。

四ヶ月間毎日練習してても、まったく歯が立たず、どれだけ辛苦を舐めたことか・・・。

が、実は先週からやっとこさ両手が取れるようになってきて、ワタシ的には「大前進!」なのだ~、パチパチパチ。

しかし、なかなか次のポーズはもらえないあたり、まだまだナンチャッテもいいところで

あーあ、いつになったらOKがでるのかな?と余計なことを考えてしまう。

いかんいかん、そんなことより、現在に集中せよ!

アサナは単なるツール、惑わされてエゴゲームに陥るな!

ふふふ、実はこの辺の煩悩と理性との葛藤こそが、醍醐味なのかな?

サンキュー・パシャーサナ 
貴方あっての現在のワタシよん(強がってる模様)

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ところでダイエットの件  

先日ダイエットしてやるー!と衝動的に書いた日記に対して、「なに言ってんだい、痩せたきゃ喰うな!」と一喝されるかと思いましたが、反対に沢山の方からいろんなアドバイスを頂いて、すごい感動しております! ありがとうございます!

で、自称「間違いだらけのダイエッター」人生を歩んできた私ですが、今回のダイエットに関わる皆様のアドバイスをベースに、様々な考察の結果を総括すると、ひとつの大切なメッセージに出会いました。



自然であれ。



要は、究極、それだけなんですね~。私これまで、ヨガだー、瞑想だー、スピリチュアルな冒険だー、生命の息吹だー、本来の覚醒した存在だー、と言葉だけが空回りするウルサイ奴でしたが、肝心な根本的なところで「わかってない」というか、ヨガ的ナチュラル志向や、あるがままの本来の自分へ帰ることを、ちっとも体現してなかったということが、よーく判りました。



私はなんでデブなんだろう?



というのが、14歳からの素朴な疑問だった。デブである原因がわかってないから、そこをクリアせずに、ムチャで効果だけが出るダイエットを繰り返し、結果的に摂食障害になったおバカちゃんだった。また、究極のAタイプ人間として、「努力をすれば結果は出る、目標は達成するためにあるもの」という生き方をずっとしてきたので、ダイエットというのは「すっごく単純な、自己達成感を容易に味わえるゲーム」として楽しんできたのかもしれない。

食べたいのを我慢する。辛いけど、我慢する。我慢している自分が高尚な存在に感じられる。結果体重がみるみる落ちてゆく。身体はボロボロでも心がハイテンションになってくる。私、スゴイ!これだけ我慢して犠牲を払ったからこそ、こんなに痩せることができた!私、スゴイ!・・・そんなエゴゲームは長続きせず、ある日気がつくと、堰を切ったようにドカ喰いの衝動に「完敗」するときが来る、ゲームエンド!そして、以前よりも体重が増し、心と身体が怠惰に膨張し鈍磨し大事なものを誤魔化してゆく。いいのいいの、またダイエットすればスグ痩せるんだから、と言い訳をしながら、咽喉に胃腸に食物を詰め込み詰め込み、イッパイになったら吐き出して更に詰め込んで・・・それはあたかも自ら窒息状態を作り出してはココロの空虚さを満たしている、愚かで醜く哀しい肉塊であったのだなー。

体重なんて、IN(=食べるもの)とOUT(=消費する活動)の算数じゃん?と、ジムで「走る・泳ぐ・筋トレ」のワークアウトにガムシャラに余念がなかった時期が10年くらい続いたので、「これだけ消費しているから、これだけ食べてもOK]とドカ喰い癖がついた、というのもある。ま、なんにつけても、やりすぎる傾向が昔からあったでことですね。

いつも、なにかしら「無理してる」状態が当たり前のものとして日々の大前提にあるなんて、なにかがおかしい!と、なんで気付かなかっただろう?

3年前の精神的破綻の解決策として、マクロビとヨガや太極拳を始めたのをキッカケに、煙草とお酒を断ち、ベジタリアン(ほぼビーガン)となった。別に無理している意識は全然なかった。アシュタンガヨガの朝練を毎日の日課にしてからは、一日1食の生活となった。別に無理している意識は全然なかった。反対に、意識的に「食べることに関して無理はすまい」と、甘いものはかなり積極的に食するようになり、ああ、私は自分にやさしい、身体の声をちゃんと聞いて、あるがままの自分を受け入れている、ナチュラルでヘルシなヨギーさんなのだわ、と悦に入っていた大馬鹿野郎である。

「ワタシ、目玉のあるものは食べないのー」とか、「玉葱やにんにくはエネルギーレベルを低くするから避けてるのー」とか、「朝練があるから、前夜の夕食は食べないのー」とか、「やっぱり浄化の意味でも、定期的に断食1週間くらいは当たり前ー」とか、思いっきり「アタマで食欲をコントロールしている不自然さ」に気付いていなかったのだー。あー、もー、バカバカバカバカー><

これだけヨガ的に適切である生活をしておきながら、どうも違和感がずーっとあって、それが最近の毎朝のヨガ練習中に沸々と湧き出してきた。無論、それは私にとって見たくないものだから蓋をし続けて、でもどんどん中から洩れてきて、蓋を押し付けて押し付けて、ああもう限界!とばかりに噴出した。

ちょっとなにこれ、私のこの身体?ポーズがとれないのは、こんなに余分な肉が体中についてるからじゃん?ヨガ的に適切である生活をしておきながら、なんで私はデブなんだ?・・・と、練習中にスタジオの中を見回して「ぎゃー!」と叫びたい衝動にかられた。それは、まるで、シマウマの群れの中に一匹だけ象が紛れ込んで、その象がシマウマと同じ姿勢をとろうともんどりうっている光景だったからだ。

アシュタンガを始めたばかりの頃、マリーチアーサナDができないのが単純に不思議で、先生に「なんででしょうねー?」と聞いたら、「うんと痩せればできるよ」と言われて傷ついた覚えがある。

以前同じスタジオで練習していた生徒さんに、「アナタを初めて見たときに、アシュタンガをやるには太りすぎなのでビックリした」とハッキリと面と向かって言われ、憤慨した覚えがある。

今通っているスタジオでは、事あるごとに先生から「ゆみこさんは体型的に難しいから、すごい努力しなきゃなんない」という指摘がシツコイくらいあって、都度ココロの中で癇癪と起こしているのも事実だ。

つまり、それだけ過敏になってしまうということは、そこに問題がある、ということで、もうこれまでみたいに、そこに蓋をしておくことはできないのだなー、というのがここ最近のアレコレ。


うーむ。


真っ先に思ったのは、マイクロダイエットで10kg痩せよう!だった。以前にも数回やって、あっと言う間に15kgくらい痩せた経験がある。(ただし、その後モノスゴイリバウンド・・・!)身体にもココロにも悪いのは判っているけど、とりあえず10kg減してスタートラインを人並みにしてから、生活習慣を正しく整えればよいのではなかろうか?と安楽的な思考にとりつかれた。が、これはかなりお高い!のでちょっと躊躇。

次に浮上してきたのが、ヨガの浄化方法のひとつである「ファスティング=断食」だ。何も食べずに自家製レモネードだけで過ごす。これも、以前7日間くらいやって、すごく気持ちよかったので、お!これだ!と膝をポーン。しかし、ヨガの先生から、ダイエット目的での断食はぜーっっったい止めてくださーい!と嘆願されて却下。

食生活を改善するったって、もう既に「玄米と野菜と豆とフルーツとナッツ、しかも殆んどローフード状態」なので、油ヌキったってもともと調理しないし、量を減らすったって1日1食だし・・・要は食うなってコト?と途方に暮れた。

では運動量を増やすのは如何なものか?と、アシュタンガヨガの朝練以外になにか運動を始めようかとも思ったが、いかんせん時間が捻出できない。昔みたいにジムに通って、泳いだり走ったりガシガシウェイトトレーニングできたらイイナーと思いつつも、今の生活環境を変えない限りちょっとそれはムリー!

おー、まったくもってファックだぜー、とヤサグレてしまい、ついつい先日の日記を書き込んだ次第。皆様の有難いアドバイスは全て、「がんばってね、でも無茶で安易なダイエットはダメよ:)」って言ってくれてて、その気持だけで、もうジーン(泣)。

そして、この迷える子羊ちゃん(=私)が、「おおおおー!」と、感動に打ち震え、目からウロコがボロボロ落ちたのが、なんと、何を隠そうこの本


「いつまでもデブと思うなよ」岡田斗司夫


推薦してくれたSさん、本当にありがとう。

(あまりにも長すぎるので、以降は次回に続く)

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