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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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今日の練習10/25~30  

【金曜日】
ムーンディで練習はお休み。おうちのリビングで陰ヨガを研究しつつ、実践しつつ、ゴロゴロしつつ・・・。久しぶりにてもみん系マッサージに行ったからか、もみ返しがスゴイ・・・><


【土曜日】
朝練へ行く予定だったけど、カラダがイヤイヤしていたので、休息日とする。でもまだ、心のどこかで「練習したいよー」と駄々をこねてる自分がいるのが面白う。ええい、往生際悪し!

台風の影響であいにくの空模様・・・珍しくどこにも行かず、おうちにこもるという時間ができた。

よって、夜のヨガレッスンにそなえて、アレコレとレッスンプランというか、全体のシークエンスを作り上げていくことに。とあるポーズをした後に、どういう動きをするのが自然なのか、またカウンターポーズとしてどんな動きをカラダが欲するのか?などなど、自分のカラダを実験台にして模索する愉しみ!

でそうこうしていると、その自然な流れというのが、陰と陽のコントラストが、思った以上にあることに気づいた。

しかししかし、プランはあくまでベースとしてあるだけで、実際のクラスは状況に応じてどんどん変化してゆく。今日もしかり。かなり「陰」寄りのスタート、しかし、カラダがほぐれるにつれ元気がでてきて、スタンディングで活力を出して、初のインバージョン(逆転ポーズ)にもトライ!Sちゃんは腰痛持ちというのが気になっていたけど、サポートをしたヘッドスタンドで初めての「さかさまの世界」になることで、腰への負担がない状態を体験できて、背骨の骨と骨の間にスペースができた!のが、腰痛改善になったみたいだ。よかった!なんか、うれしかった。


【日曜日】
TTCで一緒だったTさん、Sさん、それから昨日の生徒さん役だったSちゃんを引き連れて、台風一過のピーカンの青空の下、鎌倉は長谷のアシュタンガ・マイソールクラスへ。

この3人はみんなマイソールスタイルのクラスはほぼ初めて(Tさんは何回か経験してたのかな?)。でも、絶対に気に入るだろうということは分かっていたので、人ごとながらもワクワクソワソワとした保護者みたいな気持ちで練習。

マインドが「自分自分自分・・・・なんたって自分ワールド!」というエゴ満載にならなかったせいか、すごく軽くて楽チンだった。この長谷で練習すると、いつも余計なストレスを感じて疲れちゃうのが常なんだけど、今日はそんなことなかったなー、よかったー。



【週が明けての月曜日】
相も変わらずマイソールの朝練。飽きもせず、ただひたすらに、「練習する」ということを繰り返すのみ。何かを求めるためじゃなく、何かから逃げるためでもない。実践そのものが目的・・・いや、「目的」って概念そのものが陳腐なくらい、そういう世界観とは対極に位置していることを実感する。

マイソールスタイルの練習を始めて、そろそろ2年が経つ。馬鹿みたいに、来る日も来る日も、毎日毎日コツコツと練習を続けること700日・・・何が変わったの?っていえば、それは私の肉体なんかじゃない。身体的にはむしろ後退している部分の方が多いくらいだ。では、内面が変化したのか?と問われれば、「あんまり実感ナイナー」だし、周囲や環境が変わったのか?というと「なんかスッゴイ変わりすぎて、一回りしちゃって元に戻ったよー!」ってのが正直なところ。

アシュタンガ・ビンヤサ・ヨガというシステムは、カラダが柔らかければ、いくらでも先に進める。私は、その「ポーズが先に進む」というのが、イコール「自分が成長する」だと思ってた。セカンド・シリーズをやっている人=ハーフプライマリーをやっている人よりエライ、と思ってた。つまりヨガの何たるかをまったく分かってなかったってことで(笑)。だから、自分のカラダの欠点や弱点が、自分のヨガ修行の障害だと思ってた。もう少し柔軟性があれば、あのポーズができるのに、もう少し痩せていれば、このポーズができるのに・・・と、never ending 自己批判。そこから、ちょっとだけ解放されるのに要した時間が、ちょうどこの2年間の毎日の練習か?

練習を始めた当初は、1年も練習すればマリーチDもスプタもできるんだと思ってた(←なんかカワイイ)。しかし2年経った今でも、マリーチDは指先が触れられる時もあるけど、できない時の方が多い。スプタはまだまだ、とてもじゃないけどデキナイ、デキナイ。この努力に反比例する結果が、とても認められない時期もあったけど(ピークはちょうどインドのマイソールに居たときかなぁ?)・・・ま、そんなもんなんだ、と、誤魔化しようのない、ありのままの自分を受け入れられるようになったのは、本当にここ最近。「ポーズ自体が目的ではない、そこを着地点とした練習をしている限り、私のプラクティスはエゴゲームでしかない」ってことを、自分の中に、他人の中に、何度も何度もハッキリ・クッキリ見てしまい、その都度ゾッとしては姿勢を正す、そんな習慣が身についてきた。

昔、フィリピンでとても美しいプラクティスをする女性がいた。スリアナマスカラを見ているだけでも、感動で胸が熱くなるくらい、それはそれは深みがあった。自身の呼吸とプラナとダンスをしているかのような、重力を感じさせない優美な軽さは、私の憧れでもあった。しかし彼女の練習はハーフプライマリーに留まっていた。なぜならば、スプタクルマーサナが自分ひとりでできなかったし、昔の事故が原因でバックベンドもフルでは行わなかったからだ。そして、その条件下で、あえて、ポーズに固執しがちなアシュタンガ・ビンヤサ・ヨガの練習を行う姿に私は感動したものだ。こういうものを、忘れかけてる事に気づくことの大切さ。

ジャッジしない、囚われない、自由でいられる余裕を持つ・・・そして、スマイル:) 

このくらいかな?私がこの2年間の毎日の練習で、マットの上で、スーハーの合間に、拾ったものは。
それ以外のアレコレって・・・例えば、「ウティタハスタで脚が前より持ち上がるようになった!」とかいうのは、実は全然大したことじゃなくて、重要なのはその舞台裏なんだなー、って、そんな気がしてる。
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落ちこぼれ、という醍醐味  

火曜日、水曜日、木曜日・・・と、なんの変わりもなく朝練をして、いつものようにアレコレとちっちゃな気づきにハッとしたり、ちょっとしたことで動揺したり、はじけるように笑い出したり、胸が締め付けられたり、大きなハグで抱きしめたくなったり、当たり前にフツーの波があって、それでもトータルではわりかしフラットな自分をも発見して、うん、まぁ、人生はちっとも悪くないよ、って妙にスッキリした軽さが自分の内にある。練習自体は相も変わらず、笑えるくらいまったく進歩のないノロノロ亀なんだけど、それでもイイノダ!って開き直りが、これまた最近スゴくて自分でも呆気にとられる。

2ヶ月前に、初めて新しいポーズ「パシャーサナ」をもらって、それをエンエンと毎日毎日ウンウン言ってやってるんだけど、一向に「永遠に遠い!」状態で1ミリも進まない。でもそれは、私としては過去のマリーチDとか、未だにできないスプタとかと同じに「フツー」のストラグルなので慣れちゃってる状態だけど、どうやら端から見ると、「たいそう可哀想」に見えるらしい。えええ?

で、ハッと顔を上げて周囲を見渡すと、私と同じ時期か、もしくはずっと後から、このポーズをもらった他の生徒さんたちはみんな、あっと言う間にドンドン先に進んでいることに気付いた。このポーズが「できない」ってこと自体が、「?・・・なんでできないの?」らしいのだ。私が「パシャーサナできないのよ~」と言うと、決まってみんな困った顔をする。えええ?

そして、冷静に観察してみると、たくさんのポーズがあるけれど、本当にできないお手上げ!っていう状態から一向に進まない生徒さんって、あんまりいない。ましてや、私のように毎日練習していれば、フツーなら、フツーにできるようになるのだ。ええええ?そうなの?「いつまでたっても、どんなに一生懸命やっても、できないのが当たり前」という次元に居るのは私だけだったの?えええ?

ちょっと待った!ひょっとして私は・・・?

最近、ジョン・アービングのエッセイだかなんかで、彼がむかし識字障害だったり、熱中したレスリングでも落ちこぼれたった、っていうのを読んで、「あ、そーかー」と腑に落ちたことがひとつ。なんで私がこんなにヨガ、しかもアシュタンガヨガにはまっているかというと、それは私は紛れもない「落ちこぼれ」だからなのだ~。うわ、今頃気付いた・・・!

クソ生意気を承知で言うけど、私はこの人生で自分を「落ちこぼれ」と認識したことはなかった。子供のころから、ちゃんと勉強すれば良い成績を取れるし(あえて勉強をしない選択をした科目が落第点というのもあったけど)、社会人になって努力して結果を出せば評価されて昇進できるし、常に平均よりも「上」にいるのが当たり前の人生だった。

そんな私が「いくらやってもできない、どんなに努力してもできない、うわー、ワタシャ落ちこぼれなんだー」というのを、大好きなヨガの練習で初めて経験してる、というのが事の顛末。

もちろん、悔しいとか、他の人が羨ましいとか、当たり前に感じるけど、だけど、「簡単にできないからこそ面白い!」って気持ちが、私をここまで夢中にさせてるんだと思う。だって、それが嫌ならとっくに止めて、他のタイプのヨガやって、まったりしてるよ。

私と同じようなカラダのタイプで、捻り系が苦手なCちゃんが、やっぱり同じタイミングでパシャーシャサナを始めて、私と同じように苦労して練習してたけど、最近ついに制覇して、こないだ次のポーズをもらった。ちょうど後ろで練習してた私は、思わず「やったー」と小さく拍手して、先生と目が合い嬉しくなった。だって、先生の顔にも「やったー」って書いてあったんだもん。そして、素直に「やったー」と思えた自分にも、ちょっと嬉しくなった。だって、私のヒネクレタ性格からすれば、こういうシチュエーションでは「くそー、ぐやじー」ってジタンダ踏むはずだったんだもん。

別にヨガに限らず、先生や指導者にとって生徒さんの成長は、とても嬉しいものなんだろうな。反対に、まったく進歩のない「落ちこぼれ」の生徒に対して、先生や指導者はどう感じているのかな?生徒よりも強い憤りを感じるものなのかな?「あーもー、イイカゲンにしてくれー」とか思わないのかな?なんたって、先生は生徒を選べないんだもんなー。なんて思いながら練習をしていると、あ、私はいつか、こういう私みたいな亀さんのような生徒を持つんだろうな、って気が急にしてきて、そしてそのときに今の私の答えが自分の中から出てくるんだろな、って思ったら、無性に楽しくなってきた。

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練習日記3日分  

レッドクラス~><【今日の朝練】(2007/10/21)

地元、長谷公会堂でのレッドクラスに参加。空気も、私の心も身体も、すっごく重かった。息がちゃんと吸えない苦しさに、「あ~!もうやだ~!帰る~!」と叫びながら出て行こうと何度思ったことか。この場所との相性なのか、私自身の内面が外部に反映されているのか?理由もクソもどーでもいいから、とりあえずはとっとと済ませて、さっさと帰ろう!という、信じられないくらいの「イヤイヤ」ぶり発揮。これは単にレッドクラスが苦手、って問題じゃない気がする。なんだ?いったいなんなんだ?







オー・マイ肩甲骨!日曜日のマイソール【今日の朝練】(2007/10/21)

肩甲骨まわりが動いてる!金曜日からのストレッチと、最近の日課であるYinヨガの効果でしょうか?筋肉が癒着しきって、ビクともしなかった肩甲骨まわりが動き出してます!ああああ、マイソールで練習したたいいいい!と目覚めるなり欲望ムラムラだったので、またしても地元の長谷公会堂でのマイソールクラスへ参加。

やーっぱり、違うよ!肩甲骨まわり!独りで「おおお~、ほほう~」と思いながらの練習。ダウンドッグからして、もう感触が違う。いままで痛くて嫌いだった後ろナマステが、なんと、キモチイイ!そして、手が上の方へ持ってゆける!おおおおー!(←スミマセン、それ一般的にはフツーに当たり前のことなんですけど・・・笑)

ここ長谷公会堂で練習すると、無理しない自分を発見する。頑張りたい気分がそがれるというか、投げやりになるというか・・・(笑)。昨日はレッドクラスだったのでフルプライマリーを最後までやったけど、私の本来のアシュタンガ的プラクティスはスプタクルマーサナまでなので、今日はそこで終了。自分の中に無理がなく、かつ、焦りがないのは良いことだ。やはり、自分ひとりでできないポーズで留まるのが、本来の意味では正しいと思う。私は毎日無理して練習してるから、こういう日があってもいいかなと。毎回毎回全力投球じゃ疲れちゃうしねー。

周囲はみんな若くて柔軟性のある生徒さんばかりなので、私以外は全員フルプライマリー完了、もしくはセカンドの練習。昔の私だったら、そんな中でハーフで終了する自分が許せなかっただろうなー(笑)。でも今日は、ちゃんと「あ、私はここ」って場所に納得して留まれる、周囲に流されない、そんな自分が自然で、とても気持ちよかった:)

それにしても、オー・マイ肩甲骨!一体ナニが起きているのだ?固いのがアタリマエの部分が急に軽くなると、周囲の別の部位が重く感じますね。マッサージを受けるたびに「うわー、バリバリに凝ってますね~」と驚かれる私の肩、しかし、自分では肩が凝っているという自覚症状はなかった。けど、今日はナンカ肩が凝ってる感覚が、判る!こういうことだったのかー?カラダは不思議だ、どんどん変わるね~!






スペース・空間【今日の朝練】(2007/10/22)

普段は休息をとる土日に立て続けに練習しちゃったから、今日の練習初めはバテバテかもなー?と覚悟はしていたけど、なんのことはない、フツーにいつもの練習ができた。むしろ、ココロが軽いから楽チンなくらいで。

珍しく混んでたけど、周りも気にならない。マイペースで練習するってこういうことかー。なんか憑き物が落ちたみたいに、拍子抜けするくらいの開き直りぶり。スプタができないからって、なんだー?おー!できたらエライのかー?

なーんで、これまで、あんなにココロを痛めて辛く練習してたんだろう?ヨガってこんなに楽しいのに!パシャサナでアジャストされても両手が全然届かないけど、それがイカンのかー?そんなことより、もっともっと堪能すべきスッゴイことがカラダ全身で生きているんだから、そっちにフォーカスだよ。

股関節も、肩周りも、肩甲骨周辺も、今までにないくらい開いていて、軽くて、ナニをやっても抵抗が少ない。カラダの中に新しいスペースができた、って感じ。このカラダの中に生まれた空間は、これまでに味わったことのない自由な解放感を与えてくれて、それがスッゴク楽しい。少し前にクラニオセイクラルを受けたときに脊髄に感じた「背骨と背骨の間のスペースが広がった!」に似て非なる広がりかた。クラニオは縦方向、上下へのダイレクションで生じるスペースだったけど、今日の練習で感じたのは、もっともっと3次元的なスペース。前後左右アチラへもコチラへも。

なんてことを思いながらの朝練は、とてもとても気持ちがよかったです。

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カラダをめぐる考察  

まず、気になることがひとつ。最近の私の生理がちょっと変。周期が崩れてきてるし、来たと思ったら2日で完了しちゃう。昔は5~7日間くらい続いていたのに・・・。こないだ生理が来たから練習お休み~、と思ったのもつかの間、あっというまに終わっちゃったので早速朝練開始。

非常にカラダが固かった。メリメリのギシギシだった。スタートが遅かったので、ほかの生徒さんがシャバーサナやフィニッシングに突入しても、まだハーフにも至らぬペース。後ろのほうで新しい生徒さんと先生が、じーっと私の練習を見てるのが判って、緊張した。意識しないように、ことさらに集中しようと、ドリシュティにすがるように練習したので、結果的にスゲー集中。周囲の音も聞こえない、自分のウジャイ呼吸だけが世界のすべてになってた・・・すごい。流れる、流れる、流れる!先生のアジャストも最小限にとどめてくれたので、フローが途切れることもなく、流れ重視のすごく良いプラクティスだった。

気がつけば他の生徒さんは誰もいなくなっていて、フィニッシィングの前に、ここぞとばかりに「なぜ、私はバックベンドと捻りのポーズが苦手なのか?」を、具体的な身体の部位の筋肉のつき方や可動域を、あれこれ検証し、その弱点の改善のためのストレッチ方法や練習の仕方、意識の持って行き方などを、細かく教えてもらった。私の肩まわり、肩甲骨のあたり、背中には、昔のトレーニングや水泳で付けたむっちゃゴツイ筋肉がガチンゴチンになっている。正直両手を上に上げるのだって、180度真上には上がらない、そのくらい硬い。これはどちらかというと男子体型、しなやかな女子体型ではないのだー、ひゃー><

昔は、身体が柔軟な人達がずーっと羨ましかった。なんでアノ人は毎日練習してるわけでもないのに、あんなにしなやかにどんなポーズもこなせるんだろう?バカみたいに毎日毎日努力してるのに全然できない私は、何でこんな風に羨望の念にかられながら、後からきた人達にどんどん追い越されて、情けないやら悔しいやらのネガティヴな気持ちに押しつぶされなきゃなんないんだろう?ちっともフェアじゃないじゃん?なーんて、思ってた。

でも、最近はガチガチの自分の身体が愛おしいし、反対に沢山の学びがあって、アリガトウって感じる。どんなポーズも難なくこなせたら、ひとつひとつを乗り越えてゆく経験をスキップしちゃうことになる。今日もできない、今日できない、今日もできない、だけど、ただ、ひたすら練習する。その結果を目的にするのではなく、ただただ練習する、ということを目的とする。それだけのことに気付くのに、どれだけかかったことか。体型的にヨガ向きじゃないのは、変えられようがない事実なんだし、「それでも、やる」って決めたのは自分なんだし。一生できない、って思ってたマリーチDだって、2年間毎日やってたら、ちょっとだけ指先が届くようになった。同じくゼッタイ無理と思ってたバックベンドだって、テーブル状態でミットモナイけど、できるようになってきた。キレイに見せたいんだったら、バレエやエアロビをやればいい。私のヨガは、外見は不恰好だけど、内部の風通しはすこぶる良いエネルギーで循環していることが実感できてる。それでいいじゃん?

で、私のバリバリの肩まわりと肩甲骨近辺のために、バックベンドの練習方法を変えることにして、さらにストレッチを加えることにした。見た目の完成形を目指すのではなく、癒着した筋肉によって現在の私のエネルギーが滞っている部位を解放させてゆくための、ちょっとした寄り道。先生自身が同じように「肩まわり硬い・バックベンド苦手」を克服してきてるってことは、その説明の熱意と真摯さで判る。だから、説得力があるし、だからきっと元来天邪鬼な私がこの先生の前ではむちゃくちゃ素直になれるんだと思う。

そんなこんなで、またまた遅刻してまでの朝練。ちょっと度がすぎますね(笑)・・・とりあえずは、会社クビにならないよう祈る!

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不良な1日  

火曜日の朝練は、かなり遅刻+ヨガパンツ忘れ+開き直って会社半休・・・と、いまだかつてない不良な展開で笑えました。

ヨガウエアを忘れるなんて生まれて初めて!で、遠路はるばる来たけど帰ろう・・・と凹んでいる私に、使用済みのパンツを快く貸してくれた先生ありがとう・・・><でも、ラッキーにも忘れ物BOXにあったユニクロの短パン発見して、拝借しました。どこの誰のだか分かりませんが、ありがとう。ちゃんとクリーニングしてこっそり返しておきます。それから、思いっきり半休とってしまって、同僚のみなさんスミマセンご迷惑おかけしました、ありがとう。

カラダは固くて重くて、でも、やたらココロは柔らかくて良い感じにエネルギーがあって、その奇妙なバランスが新鮮な2時間。TTC以降何が楽チンになったかって、できないポーズを「ま、いっかー」で軽くスルーできる開き直り癖。でもこれは良いのか・悪いのか?・・・ワタシ的には楽チンだけど、先生としては「そこの快適ゾーンにあんまり留まらないで~」と思っているのがよく判る。アジャストされてやっと完成ポーズに入れるスプタとパシャーサナで、「うーん、やっぱりひりとじゃできない~(早いアキラメ)→先生忙しそうだからアジャストしてくれるのを待たずに、次のポーズに進んじゃおー」と、ポーズへの執着が希薄といえば聞こえはいいが、もうちょっと頑張ってもよろしいのでは?という気もする。今日は生徒さんが多かったので、先生のアジャストを全然待たずサクサク先へ進み急ぎ、最後にやっぱり「スプタとパシャーサナではアジャストを待ってください」と、注意された。

ところで、最近本当にバックベンド気持ちいい!・・・けど、柔軟性がないので、壁を使った練習をずっと推奨されるがままに続けてる。興味深いな、と思ったのは、チラッと「ハンドスタンドしたいー」と話した時に「バックベンドの柔軟性がもっとついてから教えます」と言われたこと。へぇ、バックベンドとハンドスタンド、なんの関係があるんだろー?「カポターサナができるようになったらハンドスタンドの練習を始めましょう」と言われ、ええ?それはあと10年待てって言ってる?とか思った。いいや、おうちで一人で練習しよう。

練習が終了すると、すでに始業時間10分間前・・・うわー、これは開き直るしかない、と会社へ連絡をいれて午前半休。いけませんねぇ、と苦笑しつつも、よい機会なので名古屋から来ているSちゃんと、先生&彼女と一緒に練習後の朝食をガッつく。真摯で真面目なSちゃんと、最近不真面目なワタシ、根っからのアシュタンギの先生&彼女・・・話題は120%ヨガのこと。あれこれあれこれ話した末の結論はズバリ「ヨガマーラをきちんと読みましょう!」であった(笑)

生理がスタートしたので明日からしばらく練習お休みです。

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Heart Open :)  

身体の動きがとてもゆるやかで、しなやかに感じた。重力の抵抗が少ないような、全身すべてが無理のない感覚。ひとつひとつの動きが、愛おしくて大切に大切にしたい気分。このまま、2時間でも3時間でも、ずっと続けていたいなぁ、と思いながら、結構なスローペースでフルプライマリー&パシャーサナまで。

でも、実際のポーズの出来はいつもより全然不調で、プラサリータCも、マリーチCもDも、ブジャピも、スプタも、ガルバも、当然パシャーサナも・・・・ぜーんぜん笑っちゃうくらいデキない!のだー。なのに、なのに、この気持ちよさは、なんなんだろう?なんで、こんなに軽―い気分がキープできるんだろう?もう「ポーズ・できない→ワタシ・だめアル」の反応パターンは、いらないってことなのかな?いつのまにか「ヨガ・やる→幸せ・キモチイイ」になってることを実感。おおおー、これは非常に楽チンだよー、えーん(涙)

胸が開いてきている。きっかけはなんだったのか、覚えてない。ひとりドロップバックで床に着地する瞬間に「ふわり」として、胸が気持ちよーくグーンと開くのが分かる。バックベンドやドロップバックがもう辛いものではなくなってきている。あー、変わったなー、と自分でもビックリ。あんなに、怖くて、辛くて、痛くて、抵抗がイッパイあったのに、いつのまにか氷が解けたみたいにスムースで、自分の中に変な滞りがない。そしてそれはカラダだけじゃなくて、ココロにも余裕というか、スペースができてきて、風通しがすこぶるよい。

ああ、本当にハート開いてるなぁ、肉体的にも精神的にも、きちんとバランスよく開いてる。そして、それが、すっごく心地よい。このバランスが傾くこともあるだろうけど、この均衡状態が一旦わかれば、元に戻すのもそんなに大変じゃないんじゃないかな、って、非常に楽観的です(笑)

ヨガやってて、本当によかった。
世界中に愛を:)ナマステ

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週末の練習  

土曜日は久々のオフ。仕事はもちろんナシ、ヨガの練習はお休み、なんの予定も入れず、まったりのんびり過ごす。さらにさらに、ダンナさんからも、たまには独りの時間を過ごしなさいと、放っておかれる(笑)、こんなのすごい久しぶり。林や海岸を散歩したり、図書館や市民センターへ行ったり・・・自分が自然のペースに戻れた感じがした一日。自分の本来のリズムがキープできると、胃の辺りのプレッシャーがなくなり、自然と肩もリラックス、歩く速度もゆっくりになってきて気持ちいい。こんな日は、おうちでも、自由気ままなハタヨガで全身をストレッチ。ああ、のどかだ。


日曜日は、もと地元の神保町で母とランチの約束があったので、その前にサクッとIYC九段下でフルプライマリーのレッドクラスに参加。いやー、レッドは苦手だ~・・・先生に泣きつくくらい、辛いんです~。しかも、けっこうドリスティとか、後半のビンヤサのタイミングとかメチャクチャなんです~。先生いわく「マイソールスタイルで練習している人は、レッドクラスで見るとすぐ分かる!」らしい。なぜなら「自己流に慣れているので、フォーム(というのかな?)がグチャグチャに崩れている」のだそうだ・・・!あわわわ、私もきっとそうなのだろーなー。

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リストラティヴ・ヨガ/癒しと再生のヨガ  

金曜の夜は、S&Mのリザのリストラティヴヨガ(Yin Yoga)のクラスに出席。TTCの課外授業として週2回のクラス履修が義務付けられてたけど、期間中その時間を捻出できなかったので、TTC終了後にせっせと消化することになった。

リストラティヴはリラクシングポーズを長い時間ホールドすることで、カラダもココロも、ゆ~っくり開いて落ち着かせてゆく、癒しと再生のヨガだ。

私たちの生活は本当にせわしなく、時間と義務のプレッシャーに追われ、めまぐるしく展開するTVコマーシャルのように、表層だけで空回りしているのが常。だけど、そんな私たちの奥底に取り残された本来の自分が、「ちょっと待った!」と悲鳴をあげていることに気付くのは、ストレスも相当悪化してからだ。

別に現代社会の、特に都会での生活が「悪」だというのではない。私は実際、フィリピンの電気も水道もないド田舎で、自然のリズムと共に半年生活をしていたが、文明という刺激のなさに、反対にバランスを崩した覚えがある。

都会の慌しさの中で生活する、田舎の大らかさの中で生活する、どちらにしても大事なのは、本来の自分を取り戻りリセットする時間や、バランスをとることだと思う。東京という世知辛い都会で、イッパイイッパイになって突っ走り続ける日々も、こういうリセットのひと時があれば、頑張っていけるのかもしれないし、ヨガがそういうツールとして有効であるなら、それは素晴らしいことだ。

んで、リザのリストラティヴ・・・彼女自身がすでにヒーラーさんなので、空気からして、うーん、シャンティです:)カラダとココロをゆるゆるにほころばせて、デロデロのふにゃふにゃで、超リラックス。このまま起き上がりたくないよーん、と駄々っ子したくなるほどの緩みっぷり。

今夜のテーマはHip Opener「開け!股関節」で、じわじわと少しずつ、誰もが固い股関節をゆるめていった。ここには、特に女性は怒りなどの感情を溜め込みやすいので、人によっては辛い作業になるけど、ちょっと突き抜けた後の爽快感は、けっこう「おお、ワタシ解放されたかもー?」って感じで、けっこう好き~。

クラスが終わってからのカラダの楽チン加減は、金曜の夜とは思えない軽さ。でも、しっかりグラウンディングされているあたりが、朝練効果とまた違う。ヨガのもたらす、身体とココロへの効用って、本当に様々で、とっても面白い!なんか、どんどん広がってきてるな、という感触をかみ締めながら、いつもよりちょっと遅い帰路についた。

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なんか最近楽チン  

ムーンディ明けで生徒さん沢山&マットがミッチリ。でもスタジオの熱気はさほどでもなく、程よい力の抜け加減を感じた。

気の散ってる人が回りにいると、「なんか気になっちゃうわ~」と、こちらの集中力も途切れがちになるのが常だった。でも今日は、そういう生徒さんたちが視界に入ってきても、気にならなかったなぁ。ここに来ている生徒さんたちは、たいてい決まったメンバーなのに、日によって全然オーラが違う・・・ま、当たり前といえば当たり前か。

本日の身体は若干「固め」に設定されておりました、へへへ。いろんなところの稼動域が狭い、狭い。ジャンプバック・スルーは、違和感タップリだったので、やらなかった。苦手ポーズは全て、いきなりガッツリポーズに入ったら身体が「ギャー」と悲鳴を上げるのが判ってたから、ゆっくりゆっくり身体を馴染ませるようにしてポーズへ入る必用があった。でも反対に、ゆっくりとしているせいか、身体の動きがなめらかに感じられる。呼吸が深く落ち着いている。自分の中に「イケイケゴーゴー感」があんまりなくて(珍しい!)、まったりとした練習に終始し、あまりにも落ち着いた練習で、変な爽快感とかドライブ感はまったくなかった。

でも1回だけ、サポートされたバックベンドの途中で、「すっごい深いところの、とあるポイント」にナニかがググッと来て、思わず身体がバッと反応し、自分でもビックリするほどの大声を上げてしまった。おろろろー。最近は思い切り背骨が曲がるよう、胸がウンと開くよう、「上へ、上へ」のアジャストをしてもらっているのだけど、元々が「胸開くのが怖い!」「背骨が硬い」タイプなので、人生が変わってしまうのではなかろーか?というほどの強烈さだ。終わってから先生に、「どこにキましたか?」と聞かれても、「胸」とか「腰」とかいうんじゃなくて、「私の生き方の指針そのものに」とか「第三の目に」とか言いたくなるような、そんな感じ(笑)

実は、来週からのIYC短期集中講座へ参加の予定だったんだけど、S&MのTTCが終わってからの自分の状況次第だな、とは思っていて・・・今現在の正直なところを申すと、「やっぱ、まだまだ早いな~」なのでした。アシュタンガヨガは私にとって、とても大事なものなので、チャラチャラした気持ちでは、やっていけない。まだ、私はこうやって毎日の練習を確実にコツコツと続けていくのが先決。土台というか、礎がキチンとできてから、また今回のTTCで得た「ヨガとは?それを伝えるということは?」が自分なりに消化されてないと、次のステップへ進んでも、なんか違うかな?という気がする。なので、今回は見送ります。うーん、また機会を逃しちゃった・・・と、少し凹んでますが、そんなに焦る必用はないわけで。

とりあえずは、最近の気づきをしっかり消化するために、地元でヨガを教えつつ学びを深めていきます。ドネーションベースでご近所さんに教えたり、ヨガメイトと集まって「アジャスト・ワークショップ」したり、エサレンマッサージとクラニオの練習会もからめて、無理しないペースで一歩ずつ、って感じで

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ちょっとした気づき・その繰り返し  

朝練はいいねぇ。今日はからだ中がちょっとギシギシしてたけど、身体をめぐるエネルギーがいい感じで、楽しかった。

ちょっとしたポーズで「あ!いつもと感じが違う!」というのを、幾度も感じた。とくに一人でやるドロップバックが、床にドスンッ!ではなくて、背骨が柔らかくなったみたいに、ゆら~ん、ふわ~ん、って感じで床に着地。あんまり面白いんで、5回くらい一人でやってて、それでもちっともキツクなくて、先生や残っていた生徒さんにも「ねぇねぇ、なんか今日、違うの~、見て見て、あ、やっぱ恥ずかしいから見ないで~」とすっかりはしゃいでしまいました、すみません。昨日の深いバックベンドで身体が開いたのかな?きっと?今日だけのコトなのかな?なんか、面白い~。

プラサリータCが、またまた手の平を返した状態で床にタッチ、そうすると次の苦手ポーズのパースボッタナーサナの、後ろ手ナマステが深く入れて、肩のストレッチがとてもよくできて爽快!

ウティタハスタって、好きでも嫌いでもないポーズで、とりあえず脚を高く上げてアゴを脛につければオッケーなんでしょ?と、テキトーにやってきてた。けど、昨日から、先生に言われたとおり「軸足をまっすぐに!」してやってみてるのだけど、これがまた、まったく脚が高く上がらない・・・!90度プラスαくらいしか上がらない足にアゴつけるなんて、「脚上げバランス」というよりは、腹筋使ったアングルを変えたプッシュアップみたいだ。ひょっとして、もともとそういうポーズだったのか?どうなんだ?

シルシアーサナCが、なんか非常に快感だった・・・なんだこれ?脚の付け根と下腹部にあたる自分のかかとが、ツボど真ん中!ひざの開き具合も、痛みがあった頃がうそのようにとっても気持ちよい。

ガルバピンダーサナでゴロゴロころがる時、私はまだ手がアタマから離れちゃうのだけど、今日は目の前で先生に「アタマに手をつけたままで」としつこく言われながらやったので、初めてそれを意識してトライ(確かにこれまではズルしてやろうともしなかった)、1回2回の一瞬くらいできかけるんだけど、やっぱりはずれちゃう。でも、思ったより腹筋の力というか、バンダが必用なんだ、これまでやってたポーズと、全然違う!というのが感じられた。よし、ちょっと、これからこのポーズがんばってみますよ。


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生まれ変わった気分で改めて  

久々の朝練。前夜ぐっすり眠ったのと、TTCが終わった達成感とで、ココロもカラダも絶好調!と思いきや、久々なのでグダグダですー、ははは。

生徒数が妙に少なくて、シッティングに入ったら、残っているのは私とロシア人のYちゃんだけで、ほぼ個人レッスン状態。デモレッスンで感じた「生徒とのつながり」の理解が深まったからか、先生に対して、すごい感謝と愛と繋がりを、以前よりももっともっと感じる。アジャストでダイレクトに伝わる暖かさや思いやり、呼吸を合わせることで生まれるエネルギー、距離があっても見守られているだけで感じる安心感・・・そういえば、私はいつもヨガの先生に対して「お母さん」を感じることが多かったなぁ、そういうことかー。

沢山アジャストをしてもらい、都度「ほうほう、ここを、なんと・・・そうするのかー?!」と、色々学ばせてもらった。普段スルーしちゃっているポーズ、今日はヴィラバドラーサナ1とマリーチAの、「超!パーフェクトアライメント」の説明と、そこへ向かうための意識の持って行き方を教えてもらった。すごい勉強させてもらってるなー、と感動と感謝でイッパイ。こういった、細かい各パーツへの意識をしっかり持てるのと持てないのとでは、指導するのにも雲泥の差がある。特にアシュタンガは、特にマイソールで練習してるとアライメントが崩れまくるので、今の私には各ポーズの「本当のエッセンス」をカラダで学んでゆくのが大事。

あんまり流さずにしっかりポーズを味わうようにしてたので、ハーフで息切れしちゃうかな、と思ったけど、ちゃんと最後までできたのは、途中でシンドクなっても、適度な力の抜き方のコツが身に付いてきたからかもしれない。やはり、TTC効果はすごいなー。というのも、デモレッスンで私が一番生徒さんに伝えたかったのは「無理しないで!完成形なんて目指す必要ないんだから!それよりも、ポーズの大事なエッセンスを感じて!がんばりすぎないで、でも、あきらめないで!そのバランスを楽しんで!」ってことだった。そして、実際そのメッセージというのは、私自身が必用としているメッセージに他ならないんだということを、ACO先生に言われて「ああ、そうかー、そうだー、そうだったのだー、がーっ!」とショックを受けた。つまり、そうなんだ、私が今一番必用なのは、このバランスをとるってことだったんだ。だから、自分の練習でも、それをちゃんと体現しないわけにイカンでしょ?ってことだ。今の先生は「あきらめないで~」で押してくることが多い。それに対して、ちゃんとヤジロベエ状態になるように「がんばりすぎないの~」の方向へ自分を押すのは、私の自由でもあり責任でもある。これまでどうしても両極に傾き過ぎてたけど、この肝心な部分が見えてきたから、ちょっとは進歩したのかな?

ほぼ1週間ぶりのサポートされての深いバックベンド。いままでにない深さに、自分のカラダがどんどん曲がってゆく。緊張と収縮で息が詰まり喘ぎ声が出る辛くて苦しい瞬間、あきらめずに呼吸を使ってゆくうちに、スコーンと一線を越えて急に胸が広がり呼吸が通る、苦痛が気持ちよいストレッチに変化する。自分で制限していたリミットを越える瞬間。ひとりじゃこんなことできない、先生のサポートあってこその、共同ワークだ。多分他の先生でも、ここまで信頼しきれない。先生はいつもしつこくしつこく「あきらめないで~」と言うくらいだから、生徒に対して絶対あきらめないでいてくれる。「とにかく毎日やる。できなくても、やる。”今日できないから明日はやらない”、じゃなくて、”今日はできないけど、明日もやる”、それが練習。」、こないだ他の生徒さんにそんなことを言っているのを耳にした。きっと、それは先生自身が、そうやって成長してきたからこそのメッセージなんだろう。

TTC最後の座学でLezaが、「あなたの先生は、あなたの中に宿り、あたかもDNAに刻まれているかのように、いつでもどこでも共にあるのです」と言っていたのを思い出した。確かにヨガの師弟関係といった、私的な部分を持ち込まない、何の取引も駆け引きも期待もない、純粋な「思いやりと慈しみ」をもって、その一瞬一瞬に真剣に存在することで繋がる関係というのは、かけがえのないものだ。今まで私を育んでくれた全てのヨガの先生たちに心から感謝すると同時に、彼らとは物理的には離れてしまっていても、ちゃんと自分の中に宿っているのだということを再確認、つまり、「真実の一瞬、一瞬の真実、は永遠となる」ということなんだ、ジーン。

そんなアリガトウの気持ちを、練習後ちょっとだけ時間があったので先生に伝えた。TTCですごい気づきが沢山あったこと、デモレッスンがすごい大変だったこと、「先生として生徒と繋がるというのは、思った以上に、本当に大変なことなんだ」という実感と、そして感謝・・・どうかな、ちゃんと、伝わったかな?

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TTCデモレッスン2  

実は根っからの緊張しい、で、人前に立つのは大嫌いだった。でも会社で新入社員へのトレーニングを月1回やったりとか、マネジャー職になってからはプレゼン・プレゼン・またプレゼンの連続だったので、結構鍛えられたのは事実だ。しかし、現実問題として、むっちゃくちゃ緊張しまくっている自分がここにいて、あらららーどうしましょうー、と本当に困った。なんで、こんなに緊張してるんだろう?それは、きっと「こうありたい自分のイメージ」が本来の自分よりも、ずっとずっと高いところに位置づけしてるからだ。確かに私は昔から、高い目標設定をして、そこに向かって努力し達成するのが好きだった。そうやって、自分を高めてゆくのが当たり前なんだと思ってた。ヨガはこのあたりの気張りをやわらげてくれる。Be yourselfこれが、今の私の目標だ。あえて目標としなければ本来の自分になれないの?というあたり、ちょっと悲しいですけど、ま、そうなんだからしょうがない。

デモレッスンのシナリオは、ずいぶんと前に書き上げていた。日本語と英語でのインストラクション、説明や、なんと「間」までもシナリオ化して、イメージトレーニングというか脳内シュミレーションをして、まずは自分を安心させる必用があった。とりあえず、伝えたいことは全部書き出す!絶対にこんなに言えないけど、とりあえず、形に表してみる。そこからスタートしてみた。ラッキーなことに、私のパートはシッティングポーズで、全て毎日の練習で行っているものばかりだ。つまり、ポーズのエッセンスは自分の身体に刻まれていたので、そのアウトプットはそんなに大変じゃない。ポーズとポーズの間のビンヤサは、私の個性という意味でも是非取り入れようと、決めていた。ただ、初心者でもできるよう、がんばりすぎてヘトヘトにならないよう、予備ポーズでありながらも、ちゃんとエッセンスは感じられるシナリオを作った。呼吸を使ったビンヤサで体内エネルギーを活性化させて、シッティングのポーズで呼吸を使いながら自分の内に深くフォーカスし、アナパナ瞑想のように呼吸と共に様々な感覚を見つめ味わってゆく、そんなコントラストのある内容にしたかった。

当日、早めにスタジオ入りして自分のパートだけ練習させてもらう。ぜんぜんシナリオに書いた言葉が自分の口から出てこない。焦る、でも、もう仕方ない。ありのままで体当たりだ。失敗したって、この世の終わりじゃあるまいし・・・と自分を落ち着かせながら、別のグループのデモレッスンをまず受ける。体力温存する、というコンセプトは私のアタマの中にはなかったようで、けっこう本気でやって、かなり疲れた・・・アホだ。

実際のデモは、やっぱり緊張して、アタマが真っ白になった。あんまり怖くて、自分を見えない壁でバリアしてた。講師のひとりは私を「バブルの中にいるみたいだった」と評価した。ビンヤサをもりこんだハードな内容だったのと、窓が締め切っていたのでスタジオ内の空気が澱んでいたのと、生徒が最終日で疲れ果てていたのもあって、落伍者が続々でてきた。気分が悪くなってスタジオを出てゆく人、チャイルドポーズで休憩する人、シャバーサナになって涙を流している人・・・わわわわー、どーしよー????別名ビンヤサ・ヨガ・ブートキャンプというくらいの内容で、「がんばって、あきらめないで、でも無理しないようバランスをとって!」というテーマがあったのだけど、途中でプラン変更・・・でも、もっと早くクラスの空気に気づくべきでした・・・><失格です。やっぱり、視点が生徒へ十分向いてなかった。自分のことばかり気にしていた。

もうメタメタに反省というか、私って最低だー、と自己嫌悪に陥りながら、各講師陣の評価を聞く。やっぱり、「愛がない」「温かみがない」「生徒とのコネクションが薄い」「自分の言動に無神経だ」「自分の内で完結している」「自身過剰、えらそう」などなど、散々でした・・・いやー、これは、先生としては致命的ではないか?一番大事なコトが、アタマで分かっていても、ちっとも体現できてない・・・情けないなー、と思ったけど、ま、それが今の自分のレベルなんだから、これは素直に受け止めよう。こういうのは、実際にやってみないとわかんないものなんですね。ぐっすん。

自分の出番は、そんなこんなでメタメタだったけど、アジャストはすごい楽しかった。エサレンマッサージで相手に深く関わってゆく、優しさとか慈しみや喜びと同じものを感じた。単に触れられたい、暖かさを感じたい、自己ヒーリングとしてヨガに関わった・・・っていう人は、昔の自分がそうだったからすぐ分かる。そして、それは少数派ではないな、って思う。手で触れるだけで、相手の身体がふにゃ~と和らぐ瞬間。悲しみを放出している人へ慈しみの心を送るだけで、その人に暖かさが灯る瞬間。シャバーサナで涙ぐむ人へ全身を癒すアジャストをする、体系的に不可能なポーズへ力任せにチャレンジする身体に、リラックスの信号を送る、エネルギーが滞っているポイントをゆるめてあげるだけで全身に元気がみなぎる人・・・本当に様々な生徒さんと、ほんの数呼吸分の、一瞬の繋がりを持つ。感動です。これは本当にエネルギーワークですね。表面的な「パーフェクトポーズ」を作り上げるためのアジャストではなくて、その人が「いま・ここ」で必用としていることへの手助けをする、それだけのことなんだ。


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最後は、みんなで全身白い服に着替えてミニパーティ&卒業証書授与!あと、最後のサークルで、ひとりづつそれぞれの思いをみんなとシェアする時間。コース開始日、ちょうど中間の時期、そして今日と、これで3回目のサークルだ。感極まって泣き出す人もいれば、満面の笑みで喜びをシェアする人もいる、長かったような、短かったような、期間はたったの6週間だったのに、内容の濃さからすると3ヶ月は経った気がする、なんとも不思議な期間を共にした仲間たち。共通しているのは、このコースとの出会い自体が奇跡のように素晴らしかったってことと、コース期間中に起こった様々な変化や気づきの深さ、そしてなによりも、このメンバーとの出会いとシェアすることの喜び、繋がり。このTTC受けて本当によかった。奨学金扱いで私を受け入れてくれた主催者リザに感謝、気持ちよく応援してくれた旦那さんに感謝、大事なものを真摯に教えてくれてた講師の皆さんに感謝、そして沢山のシェアをしあった生徒のみんなに感謝。

5時にコースは終了。月曜なので渋谷の夜マイソールへ行こうかな、と準備はしてたけど、そこはやっぱりね、こういう日だからさっさと帰って、旦那さんにご報告とアリガトウ、それから熱いお風呂にでもつかって、自分にお疲れ様しようっと。

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イタ~い練習  

今日はちゃんと目覚ましと共に起きて、7時半のチャンティングに間に合うようにスタジオイン。

手首が痛くてジャンプバック~チャトランガの移行ができず、プランクでしっかり身体を支えてから負担少なくチャトランガへゆっくりと。アップワーッドドッグでも右手首が痛くて支えきれず、下半身が床に落ちちゃう。ジャンプスルーも手首に重心が乗せられず、マイナス30%くらいに留まる。

気の入り具合がちょっとゆるくて、集中力が胸のザワザワに途切れがち。あ、なんか、ヤバイな、スタンディングで終了かな?とふと思ったけど、とりあえずシッティングへ入る。

前屈シリーズを進めていくうちに、どんどん胸のざわつきが大きくなってきた。気のせいか、いつもよりアジャストが多くて、その都度、泣きそうな気分になって困った。

ナバーサナを終えて、カラダが止まった。カラダはオッケーなんだけど、内面がイッパイイッパイで続ける勇気がなかった。でも、とりあえずエイヤッ!と次のポーズのブジャピへジャンプインしてみる、落ちる。もいっかいトライ、やっぱり落ちる。3回、4回目くらいでなんとか腕にひっかかり、かろうじてポーズへ入る。

クルマーサナで休憩していると、遠くから「足を床から上げて」と先生の声。私の体はなかなか反応しない・・・からだが辛くでできないんじゃなくて、そうする気にならない。

スプタをやろうにも、なんかココロがしんどくて、予備ポーズのエカパダを2回ずつやった後、しばらく呆けてた。見かねた先生が、「じゃぁ、(スプタを)やりましょうか?」と、聞いてくる。NOと言ってもよかったんだけど、その気力すらなくて、なすがまま。

いつもは否応がなしにグイグイとむっちゃキツイアジャストをガシガシする先生が、すごくゆるいスプタのアジャストをしてくれた。両手も届いてない、頭にかけた両足もはずれかけてる状態を、両手で押さえて優しくホールドしながら、「うん、いいですよ~」と励ましてくれた。先生優しいなぁ、私ったらなにやってんだろう、ダメだなぁ、本当はもっと頑張りたいんだけどなぁ、カラダが痛いとかっていう理由もないのになぁ、情けないなぁ、と思ったら涙出てきた。

もうダメだ、ここでストップしよう、と思いながらも、体がついついバッダコナーサナまで続けていき、そこで終了。グスグスひとりでバックベンドやってドロップバック&カムアップして前屈してフィニッシング。 「調子はどうですか?昨日より良くなりましたか?」とシャバサナ前に気を使ってくれる先生に「どこが痛いの?」と聞かれて、「カラダじゃなくて心がメタメタにUPSETしちゃうんですー、エーン」と泣き出す子供丸出しの私。 お~い、 なにやってんだ?これじゃ先生も困っちゃうよね・・・トホホ~。

でも、 「そういうことも、ある。気にしない」と、先生が冷静にきっぱり答えてくれたのと、シャバサナで全身ストレッチをしてくれたのとで、張り詰めてた気が緩んできた。 横になりながら、少しずつ落ち着いてくるマインドの中で、猛反省。

スミマセン、今日もメタメタな練習でした、恥ずかしいです。なんで、こんなにココロのバランス崩しちゃってるんだろう?こんなに恵まれた環境にいることにアグラをかいて、自分を甘やかしすぎ。

今の私にフルプライマリーはちょっと刺激が強いのかな?しばらくは、ハーフに留まっておこうかな?

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TTCデモレッスン1  

私達のグループは明日。今日は他の2グループのデモレッスンの生徒として参加。みんなむちゃくちゃ上手い!プロみたい~!堂々としてるし、落ち着いてるし・・・!すごいよ!昨日まで一緒に横に座って授業を受けてた人達が、目の前で「ヨガの先生」してる!なんか、感動してきちゃった~!先生役ひとりひとりへ、評価シートを記入し手渡す。ああ、もう明日1日で終わりなんだなぁ。というか、自分のデモレッスンの心配でもしたまえ!

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TTC終盤戦  

朝8~10時にスタジオでデモレッスンの練習をするため、朝練はお休みした。 しかし、メンバーが集まらず、デモレッスンの練習自体がキャンセルとなった。

朝練をやる時間、宿題をやる時間、家事をやる時間、旦那さんと一緒に過ごす時間・・・それら全てをなげうって、3時間かけて逗子⇔目黒を往復し、待ち時間も含めてトータル、結局なんにもできなかったことに震えるほどの怒りと憤りが湧き上るのを感じ情けなくなった。まったく了見の狭い私だ。

最近になって、仕事が忙しく残業や早朝出勤が増え、長い通勤時間、などで、寝る時間すらない状態。1日3時間練られればいい方で、神経がいつも張り詰めている。TTCの課題も集中してできない、デモレッスンの練習も、まったくできてない、焦り。私の心のよりどころである朝練に行けない日が続く、悔しいような、悲しいような複雑な気持ち。ダンナさんと共に過ごす時間がなくなってきてる、彼の苛立ちが日に日に表層化し、子供みたいに私を束縛しようとしながらも、理性でそれをおさえている痛みが見える、私の心も痛い。掃除も夕食の支度もままならない日が続く、情けない。TTCに参加している学生や主婦の人達をうらやましく思う。ああ、1日が30時間だったら、などど思いながら、心がどんどんすさんでゆく。最低。

そこまでして、TTCやって、どうなるの?なんのために?途中下車する理由だけは沢山あって、でも、投げ出したくない自分がここにいる。なんで、なんで、なんで?やめりゃ、いいじゃん?別にヨガの先生になりたい!ってワケじゃないんだから。いま、ここでTTC辞めたら楽だよ~、と私の中で「常識・理性」の声がする。でも、それは「違う」ってことがよく判るから、ここで踏ん張っている自分がはっきり見える。アップアップしているのに、変に冷静なのは単に疲れきっているからか?

TTC最後の座学はLezaの 「Tool for teacher/ヨガ教師としてのツール」という時間。 

自分の内にいる「批判者」をはっきりと自覚し、それにどう対応してゆくのか、をクリアにしてゆく内容の授業だった。 これは事前にハンドアウトをもらっており、私はそれを読んだだけでオンオン泣いてた。なんか、Lezaの伝えようとしていることはみんな、すごくダイレクトに私のハートを揺さぶる。


確かに、これまで考えたこともなかったけど、「内なる批判者」の声は私達をどれだけ制限してしまうことか!「私はヨガ教師になるにはカラダが柔らかくない」とか「私はヨガのいったい何を分かっているのだろうか?」とか・・・。 ヨガを伝えたい、シェアしたい!そのエッセンスがちゃんと自身に宿っていても、常識や思い込み、理想像や過小評価によって、それが素直に自分から飛び出してこない現実と直面する・・・特にデモレッスンを組み立てて練習し始めた私たちには、これが大きな障害となっていることを、身をもって体験しているから切実だ。

でも、この日の授業と伴う課題で、この部分のリリースがちょっとだけできた気がする。確かに根の深さは人によって様々だし、コンプレックスの複雑な場合もあるけど、根本的にはBe yourselfにつきるのだな、と実感。

私は、デモレッスンにむけて、あれこれ色々シナリオを書いたり、アタマの中でシュミレーションしたりしてたけど、どれもこれも「こうありたい自分像」だったってことに気づいた。つまり、私のエゴを満たす、エゴゲームの一環でしかなかったー、ガクーン、愕然・・・>< 私がいまの、ありのままの私であることを、認めてあげずに、なにがヨガ教師よ?これまで、アタマで理解したつもりのことが、やっぱりまったく分かってなかったってことじゃん。うまくできなかったらやだな~、とか、失敗したら恥ずかしいなぁ~、とか、カッコイイこと言いたいなぁ~、とか、評価はやっぱり高得点を獲得したいなぁ~、とか・・・結局相変わらずの「自分・自分・自分・・・!」の大行進で、目線がちっとも生徒さんを向いてません、これじゃ。

そうそう、授業中に、すごいシンプルなワークをした。「なぜヨガがすきなのか?ヨガによって受けた恩恵はなにか?」という根本的なことを、一切考え込まずにひたすらペンを走らせ紙に書き付けるのだ。ペンの手を休ませずに、ココロに浮かぶがままに書き付ける。最初はカッコイイことや、誰もが言うようなクリシェを書いてたけど、そういうのを全部吐き出した後は、どんどんシンプルになってくる。さらに、「では利き手ではない方の手で書き続けて」と指示され、一瞬みんなとまどうが、ひたすら書き続ける。理性や言葉をコントロールする脳から、感性やクリエイティヴィティへのスイッチ。私はどんどん動物化・子供化していって、カッコイイ言い回しなんてクソだせ!とばかりに、「heart open, happy :)」とか、「Loveですー、イェー」とか書き出して、まるでコックリさんやってるみたいで、笑えてきた。最後に、ペアワークでシェアし合って、改めて見直していくうちに、「あー、なんだー、全ての答えは、こんなシンプルなことだったんだ」って改めて確認できた。複雑に、難しくしているのは、紛れもない自分自身なんだ。

このTTCコース自体が「先生になるための技術伝授」ではなくて、「自己発見の旅」であるのは、もうハッキリしてて、私だけじゃなく、生徒全員がそれを実感している。このワークで、みんなが程度の差こそあれ、同じようにいろんな気づきを深~く受けてて、それをシェアできたのが嬉しかった。「わ、私だけじゃないんだ~、ハグハグ・・・」って安心感、だけど、ベタベタと甘えあってるわけじゃない、クールな連帯感。うわーん、最高です。

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ひさびさの「今日の朝練」  

今週月曜日からずっと仕事が忙しく、早朝8時スタートの勤務が続き、とても朝練をする余裕はなかった。それ以前に、私自身が疲労困憊気味でもあり、自分にアヒムサ:)キャンペーン実施中の身としては、ちょうどいいブレイクになったなー、と。

昨日の水曜日は、夕方に1時間だけS&MのスタジオでTTCのデモレッスンの練習。夜、時間が空いたので、九段下の夜レッドクラスでフルプライマリーに参加。マリー先生だと思って行ったら、あら、代行先生だ~、まいどです~。IYCの夜レッドなんて1年ぶりくらいで、ちょっと緊張してたんだけど、おかげでちょっと緩んだ、よかった。レッドはもともと苦手なので、時たま息が苦しくなったり、一瞬呼吸と共に気が飛ぶ瞬間があって、怖かった。夜マイソールと同様、カラダの奥底まで届かないもどかしさを感じた。いつもと違う練習は、新鮮な発見が沢山ある。

夜レッドをやった12時間後の今朝、やっと朝練マイソール。ここ5日くらい早起きしてこなかったので、ベッドからなかなか出れなくて、ちょっと遅刻。久々に本当に練習した~!って感じで、体中の感覚がスゴイことになってる。今朝は特に流さずに、ひとつひとつのポーズを丁寧にやってみた。ポーズのエッセンスをキチンと自身で体験する。外側の鋳型には囚われない。すると、汗のかき方、呼吸の質、バンダの意識、それぞれがいつもと全然違って、深くて強烈だった。

サクッと速めに進めて、フルプライマリーをやることもできたんだけど、今日はしっかり味わっていきたかったので、ペースを崩さずにハーフで終了。ドロップバックもやらずにフィニッシングへ進むことを、そのときのカラダが決めてくれた。マインドは「久々なんだから、めいっぱいやりたい~!」って主張してましたが(笑)。終わった直後のカラダも実は「なんか物足りないかも」って感じだった。せめて、ドロップバックやっとけば、胸が開いて前面がストレッチされて気持ちよかったかもな~、とか。でも、このくらいが、今朝の私にはちょうどよかったのではないかと。

面白いことに、ポーズをとることで感情が出てきてしまうのは、朝練のときだけだ。今日も後半ほとんどグスグス泣いてて、涙は汗と一緒になってグシャグシャなので誰も気づきやしないだろー、と思いきや、隣で練習してたCちゃんに、「また泣いてたの?」って尋かれるくらいだから、、結構こういうのって伝わっちゃうみたい。ま、いっか、泣きたいときは泣かせておいてあげましょう。それで、リリースされて楽になるんだったら、別にいいじゃんね?

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身体の外側・内側  

自分のフラジャイル加減がピークを迎えてるのじゃなかろうか?というほどの超敏感な1日。

朝、スタバでテイクアウトのチャイを待ってる間にも、キレイな音楽に感動していきなり涙ボロリ。

昨夜は結局夜明け近くまでTTCの課題に取り組んでたので、朝練はパス。

会社で忙しく午前中を過ごし、午後はS&Mのスタジオでデモレッスンの練習。 あーだこーだ、とワーワーキャーキャー楽しく過ごし、かつ、真剣に語る時間もあって、なんだかんだで生まれる連帯感が心地よい。 コースが終わったら寂しくなるだろうなぁ。みんなの成長具合が、手に取るように分かる。このTTCは指導者になるための技術を身につけるというよりも、個々のヨガを通した自己成長を助ける意味合いが強い。つまり、内面をしっかりと育てた人こそが、喜びと光を生徒にシェアできるのですよ、と、講師全員が口にはしないけれど、はっきりと語っている。まずは、ハートありき、の主催者リザの信念が、しっかり根ざしている。身体の外側と内側のバランスこそが大事だな、というのは、私の気づき。

さて、このコースの最後の課題として、4人のグループで90分のデモレッスンを作り上げることになってる。私のグループは本当にスタンダードな流れで、リザ曰く「退屈~、つまんな~い(笑)」らしい優等生的な内容だ。
その中で、私は最も退屈な「シッティング」部門担当で、やもすると受け手がまったりと眠りだしてしまいそうなのが悩みの種・・・。でも、なんだかんだとリハーサル練習をし始めると、「あーやっぱりビンヤサがんがん入れて、呼吸とダンスするような瞑想的かつエネルギーに溢れたヨガをやりたい!」ってなってきた。結局私の身体にはアシュタンガのビンヤサの、あのリズムが刻み込まれちゃってるみたいだ。私自身が楽しんでやらないことには、生徒だってそれを感じ取るし、結果ダレダレの退屈なセッションになってしまうに違いない。

呼吸と共に身体を動かすことの楽しさ、喜び。瞑想的な状態で身体の感覚を感じる驚き、発見。 身体の内から生まれるエネルギー、外部から取りいれるエネルギー、そのリズムとのダンス。繰り返していくうちに、どんどん自分の内にフォーカスしてゆき、外側の肉体が自分の限界をすんなり超える瞬間。内と外のバランス。相反する力の間でのバランス。Still Pointを探り、探し当て、キープする。一瞬の「間」に「無」と「広がり」を感じる。これこそが、私がずーっとアシュタンガにはまった理由なんだから、この素晴らしさをシェアしていきたいな、と思うようになった。

ポーズのできるできない、は二の次。肝心なのは、そのポーズの意義を伝え、体験してもらうこと。外側の鋳型ではなく、内側のエッセンスの方がずっと大事。今回のデモレッスンでは、私のトラウマ的マリーチCとか、上手くできないバカーサナとか、苦手なナバーサナとか入れてる。完成形は取れないけれど、そのポーズのエッセンスは私の中にイッパイ刻まれてる。生徒の前で「キレイにできなくて恥ずかしい」と思わずに、大事なエッセンスをキチンと伝えられるかな?これこそが、今の私の課題だな。だって、この2年間私は、マリーチできない、きーっ!スプタできない、キーっ!って、外側ばかりに囚われて、ずーっと悩んでココロを痛めて葛藤しまくってきたポイントなんだからさ。

3時間のデモレッスンの練習を終えて、夜は渋谷のスタジオで夜マイソール。身体は柔らかいし、涼しくなったし、非常に「軽ーい」練習。なんか、体の外側でやってるって印象。朝練のような、内側から深ーくやってゆく実感が薄い。疲労感も少ないし、爽快感も少ない。でも、最近の自分はエネルギーが別のところへいっちゃってるので、このくらいがちょうどいいのかも。


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