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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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としのおわりに  

27日は現在滞在中のおうちでハウスパーティ。ワイワイなんだかんだと20人くらいが集まった。私サイドのゲストは全員アシュタンギの為、早目に切り上げたが、(翌朝早いですから・・・><)気の合う人達と気兼ねなく過ごす時間はあっと言う間。知り合いの知り合いが、別の知り合いの知り合いだー、なんて偶然もあったりで、いやいや世界は本当は狭いのだなー。

そういえば今年は本当にステキな人達との出会いがたくさんあった。これまでの人生なんだったんですか?とか思うよ。だってさ、心から「会えてよかったー!」って相手を羽交い絞めしたくなっちゃうくらいなんだから、半端じゃないよー。みなさん、ありがとう、そこにいてくれて。よかった、出会えて、繋がることができて。

で、29日はS&Mの生徒さんを中心に集ったディナー・パーティ@ネパール・レストラン。これまた、ワイワイなんだかんだと20人くらいが集まった。そりゃ「ヨガ系とその周辺」が集まるとなると、話題が尽きることもなく、延々と閉店までワーワーキャーキャー親睦を深めた。同じヨガスタジオに通っていても、話す機会のなかった人達と関わるキッカケの場、という感じで、新たな出会いや関わりの新展開!とかあったりして、これだから面白い。

そして本日31日、大晦日はアヌサラでヨガ納め!となりました。サンフランシスコから来ているBrian先生のS&Mでの年末年始特別スケジュールクラスに参加。わたしはアヌサラヨガ自体に興味深々だったのですが、結論から申しましょう、とてもハートに来るヨガです。ポーズの難易度とか完成度は重要ではありません。ヨガを通して、流れを感じ取り、ハートに忠実となり、なによりも「いま・このとき」を楽しみ、感謝し、年とともに忘れ去っていった純粋な部分を呼び覚まし、世界は愛であふれていることを実感する・・・・いやいや、もう書いてるだけで涙ウルウルなんですが、相当にピュアで愛に満ちた精神的癒しをもたらすヨガです。ポーズをとってる間中、先生が沢山の言葉をシェアしてくれるんだけど、(有名なヨギの言葉とか)、そのひとつひとつがハートにダイレクトにきちゃって、ずーっと感動しっぱなし。最後のシャバーサナではオンオン泣いちゃって、でも悲しい涙ではなくて、もう嬉しくてしかたないのね。世界は美しいなぁ、ありがとう。私たちはこんなにも愛で繋がれるし、慈しみ会えるんだ、ありがとう・・・そんな感動で溢れちゃったよ。これはひとえに先生の人柄とパッションの賜物です。興味ある方、ぜひ参加してみて~ :)

そんなこんなで、今年も終わりだ。すごい充実した1年。人生の過渡期。出会いと愛に満ちた1年。

出会えた、繋がれた、すべてのみなさんに感謝です。

よい年をお迎えください。
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年末のあれこれ  

相変わらず結構いろんなアレコレがありますが、本気で書き出すと収集つかなくなりそうなので、簡単に、記録として書き留めときます。

リーディングの修行をしている知り合いのセッションを受けた。まだまだ練習の段階だから・・・とタカをくくっていたが、仰天するほどすごかった、マジ。一方的・説教的なリーディングで「過去~現在」に執着するのではなく、きちんと現在~将来へ視点を据えたカウンセリング的・建設的な姿勢がバチグーでした。

そしてその日、彼女のきれいなオーラを見た。私はこの人生で初めてオーラなんて見たよ。一瞬じゃなくて、もう何時間も・・・黄金色のとてもきれいなオーラが彼女の周りをゆらゆらと囲み、得に頭の周りは大きな円が後光のようにさしていて、頭頂から太い帯のように上の方へ伸びてゆくさまは、神々しかったー。ちょっと人生変わったね。

その翌々日、エサレン・ボディワークの合宿で出会った関西のおふたりと東京で再会。つかの間の歓談ではあったけど、かなりディープな、すんごく凝縮された時間だった。なんの因果か、いろいろとシンクロする事柄があったり、「人生長く生きてれば色んなことがございますわね」という人間関係のドロドロもキラキラも、なんか妙にシェアし合っちゃったり、うーん、楽しかったなぁ。これから東京で絡んでゆきそうな流れなので、今後も楽しみだ。

で、彼女たちと話をしている最中に、私の視界にチラチラと白くて細いらせん状の糸みたいなものが浮遊してて、あれータバコの煙かなぁ、変だな誰も吸ってないのに・・・なんて思ってたら、「あれ?竜神が見えてる?」と尋ねられ?よく聞くと、ひとりの彼女(彼女もまた、今後リーディングを始めるのだ!スゲーな!)は、龍神さまに守護られているそうで、それが、見えちゃったみたいですね、あらー、どうしたんだろう?キレイとか怖い、とかいうより、なんか視界の中で邪魔くさいな、というのが私の印象。

そういえばその前日、ヨガの練習後モリモリ朝食を平らげていたときに、ひとりの女性のオーラも、凛とした青色だったのですが、モワーンとありました。これまでは、他人のオーラ(というかエネルギーみたいなもの)は、見るというよりは感じるものだったのが、最近視覚で感知し始めてるみたいです。ちょっと、公園で樹とか見て練習しときます。

ところで、月・火・水と毎晩「忘年会」で、これからもガンガンあるんですが、お酒を飲まなくなったせいか、ぜんぜんカラダに堪えませんね。ただ、つまらん人達とお義理で一緒にいるのはココロに堪えます・・・><もうそういうのは止めよう、最初から断ろう!って思ってたのに、駄目だね。そういうのも修行の一環として通り過ぎなきゃならんのでしょうね・・・ふぅ。

さて、いきなりハナシは変わりますが皆様「ヒマラヤ聖者ヨグマタ」(=Yogmata・日本名:相川圭子)はご存知でしょうか?”Kumbha Mela”などのインドものドキュメンタリーで紹介されている、公開サマディ(=地上との接触を一切遮断し、密閉した地下窟に真のサマディの状態で数日間入る)で、インドで有名なサマディ・マスターなのですが、今週末彼女のHoly Dharshanへ行って参ります。どんなん出るんでしょうね?サイトはかなり怪しい・・・。
http://www.science.ne.jp/

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ちょいと引越し  

7月に日本へ戻ってきてからずーっと実家に居候していた。

実家には母と弟夫婦、そして姪っ子×2人がおり、正直、私のスペースなど皆無。でも、家には「眠りに帰るだけ」と割り切っていたので気にはしていなかった。実際、朝は6時前に家を出て、戻ってくるのは夜9時過ぎ(あんまり残業しないからね :) )、で夜10時すぎには寝ちゃう毎日だったので、雨風を凌げる屋内でぐっすり眠れるだけで「幸せ」だと、本気でそう思っていた。

が、やはりそんな生活を5ヶ月も続けていると、ストレスが溜まってきた。ひとりのスペースって、やっぱり必要だー、と思いつつ、一人になりたいときは公園やインターネットカフェ(リラクゼーション系のね、女性専用フロアとか、座敷ルームとかあるやつ)で、呆けたり、瞑想したりしてお茶を濁してた、けど、ああ、ちょっと限界かも・・・と気づき、ちょっと物件を探し始めたのが9月後半くらい。

でも短期だし、敷金礼金とか払う気、まったくナイしなー、と、わがままもいいところではありましたが、まぁ、
「願いは、意識しだいでちゃんとかなう」
というのが私周辺事情では常識化しており(笑)、ご多分にもれず私のこの我儘な願いもちゃんとかないました。

ヨガのC先生絡みでもあり、例のチャネラーのクリスティアン繫がりでもあり、mixiコミュでも以前から知っていた、キュートでラブリーなカップルの新居@表参道に3日前から住み込むことになった。奇遇といえば奇遇、でもなんか「妙に自然にそういう成り行きになった」って形容のほうがしっくりくる。

そういえば、昔ロンドンにいた頃~日本に帰国してしばらく、はお金もなかったので、ワイワイとフラット(お家)シェアをしていけど、改めて他人と家をシェアして住まうのは、結構久しぶり。なんか、楽しみでもあり、大丈夫かな?と不安でもある。

この不安というのは、自分のマイペース具合、わがままさ加減、が、同居人のしきい値を超えやしまいか?って部分なんだけど。つまり、他人との繋がりかたや、距離の測り方、このあたりのバランスをとること。そしてそれは、今の私に必要な修行のひとつだと思うのであります。

しかし、この表参道あたりはちょっと裏通りへ入ると、静かで落ち着いていて、すこぶる雰囲気がよい。道を歩ってて「せかせか」しなくていい、というか、とてもリラックスしていられるのがいい。これまで毎週電車で通っていた代々木公園だってチャリですぐ行けるし、なんたって沢山のお店が楽しい、そして人を見てるだけでも飽きない。

ここには1ヶ月ほど住み、1月からはまた別場所で又借り生活をする予定。しばらくは「借り暮らし」な数ヶ月となるわけで、ちょっとワクワクしちゃう。フーテンみたいな気軽さと、地に足がついてない不安、この絶妙のバランスが堪りません。

とりあえずは、久々の「自分の部屋」なので、瞑想三昧しときます。

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都会に息吹く  

デトロイト・テクノの創始メンバーの中心人物Derrick May@Yellowに行ってきた。

本当だったらその前にヘミシンクのワークショップへ参加の予定だったが、仕事が押してしまい、こちらは間に合わず、会えなく断念。ヘミシンク~Derrick May・・・脳内覚醒の旅・・・流れ的にとても面白いと期待してたんですけどね・・・、ま、しょーがないです。

で、Derrick May・・・かなりヤバかったですね、相当煽られ踊らされましたー。

ちゃんと事前に"High Tech Soul"を観て気分を盛り上げていたからでしょうか(笑) いやいや、そうでなくても、実際すごかったです。

Jeff Millsの時は、ハードでクールでアゲアゲで・・・うーん、なんか「第三の目」にくる圧倒感があったけど、今回のDerrick Mayはもっと「ハート」にくる、温かみ、ソウルフルネスがあったね。本当に幸せな気分に包まれて、涙でてきたよ。(また泣いてんのかい・・・って突っ込みはしないでね)

Jeff Millsのときみたいに混んでなかったし、ある種の殺伐感もなかったし、変な下半身下心系ヤローも少なかったし、本当に音楽が好きな人達が集まって、いいオーラ出し合って、すごくピースフルな雰囲気がフロア全体を包んでた。うーん、思い出すだけで、グッと来ちゃう。

ガシガシ踊るってより、漂うような気分がベースにあった上での激ノリだったので(判るかな・・・?)、なんだか涅槃っぽいかな、とか、思う瞬間が結構あった。これはヨガや瞑想と同じ境地なんだなぁ、と実感。

"High Tech Soul"でもDerrickが「(自分たちがやっていることは)スピリチュアリティそのものなのだー」的発言があったけど、ほんとにそうだ。単なる「音楽」、消耗される「嗜好品」、はやり廃れてゆく「ゲーム」、そういったカタチだけのものじゃない。目に見えないエネルギーがそこには息吹いてて、そして私たちにはそれを感じる力がちゃんとある。

まだ夜が明けきらぬ道をみんなとダラダラ歩き、コンビニでアイスクリームやスイーツを買って糖分補給しながら、かすかな肉体疲労を感じつつも、ココロはうーんと昂揚してて・・・みんなとの妙な「同志意識」がそこにはあったりして・・・いやーん、幸せなひと時だなぁ・・・。

都会の夜が明ける様、酔いつぶれの人々、早朝出勤の人々、中途半端なネオンライト、閑散とした交差点・・・コンクリートジャングルの人工的な美しさにニンゲンの息吹が宿る瞬間を見た気がした。都会に生きるのも、ちっとも悪くないよ。すべては私しだいで、こんなにも周囲が美しく映るんだから :)

Love & Hugs to all of you



High Tech Soul
http://www.jvcmusic.co.jp/hightechsoul/

Derrick May
http://www.derrickmay.com/


あ、そうそう。、Derrick Mayのコミュでも書かれてたけど、70歳くらいのおじいさんが、すっごくステキに楽しんでいて、もう嬉しくなっちゃったよ!カッコイイ!!!!ああいう風に人生を謳歌したいね!

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エサレン・ボディワーク  

鎌倉の稲村ガ崎にあるヒーリングスペース「タリスマン」で
大阪ベースで活躍されている小島momoゆかりさんの
エサレン・マッサージのワークショップに参加してきた。

タリスマンHP
http://www.talisman-japan.com/

ゆかりさんHP
http://momo.mu/index2.htm

私がエサレンを知り
そして惹かれるキッカケを下さったのが
この小島momoさんだった、という事実。

最近やたらと鎌倉へ行く機会があり
どんどんこの土地に惹かれている事実。

あ、そういえば、このWSを企画してくださった
タリスマンのAsamiさんとは以前
千石空房のワークショップでお隣同士だったので
ちらとお話をしたことを
この日彼女に言われて思い出した・・・!

あらあら、なにかがリンクしてるなぁ、と思いつつも
とりあえずは、深読みはしないで放っておきます。


さて、ワークショップは私を含め4名と少人数で
窓の外は海!という素晴らしいロケーションもあって
(まさにエサレンのようですね :) )
開放的な、そしてとてもリラックスした雰囲気の中進められた。

いきなり実技、テクニックの伝授、ゴーゴー!やれ揉め、こう揉め!
なんて野暮なワークショップじゃございません。

エサレンがエサレンたるゆえんの
触れること・触れられること 
その大切さ、そのパワー
そして私たち自身に宿っている自己治癒力
あるがままへ帰ってゆくということ・・・
そういった大事なソフトなコアの部分
それをゆるやかに、暖かく伝えてもらった。

受け手の呼吸を見つめ見守るmomoさんの
慈愛に溢れた優しい眼差しを感じるだけで
人と人とのつながりの尊さが胸にせまってきた。

セッションに取り組む以前に
自身のセンタリングとグラウンディングが大事であるということ。

実際に体に触れる以前に
エネルギーレベルでのタッチを行うということ。

単なるフィジカルなマッサージではない
エネルギーワークなんだなぁ
と、いまさらながらの実感。

momoさんの流れるように、踊るように
優雅に動くそのさまを見ていると
これはアートであり、瞑想であり
とてもシャーマニックな要素が強いなぁ、と。

エサレン自体にはルールがないので
プラクティショナーごとにやり方もアプローチも違う。
全開受けたエサレン入門コースの先生と
momoさんとの違いを知るのも面白かった。

ああ、もっともっと、いろんなプラクティショナー達を
知ってゆきたいなぁ、と貪欲な気持ちが沸いてきた。

私もそうだけど、他の参加者のみなさんのハートが
時間とともにどんどんオープンになってきて
実際にパートナーの体に触れ、そして触れられる経験をとおして
ますますココロが緩んでゆき、結び目が解けてゆき
疲れるどころか、一層元気になってゆく!というステキな発見。

みんなの顔が、朝よりもずっとずっと輝いて
いきいきとしてくる・・・それを見るだけでも
ドキドキと嬉しくなってくる
ハッピー・スパイラル!

そんなこんなで、あっという間にWSは終わっちゃっいました。

その後、名残惜しい私たち参加者全員は
momoさんと一緒に稲村ガ崎温泉へゆき
それから美味しいご飯を食べて
いろいろワイガヤとおしゃべりして夜は更けてゆきました。



なんて充実した1日を過ごした翌々日、今日ですが、
某エサレン・プラクティショナーさんの練習台として
このカラダを提供してきました。
もうカラダ中ダラダラのデロデロでフニャフニャです・・・
私はいつもカラダが痛いし慢性筋肉痛なのだが
終わってしばらくは体重が10kgは減ったか?というくらい軽いよ。

やってもよし、うけてもよし
ああ、堪らんですね、エサレン。

ちょっとこれから練習を真剣に始めますよー
と決意をした矢先なんですが・・・

実は今週末から実家を出て
知人宅に住まうことになってて
そうすると自分のスペースが持てるし
そして買わなきゃなぁ
と思っていたマッサージベッドが
なぜか手に入ちゃうし・・・
おお、これはすごい
さっそく「やりなさい」ってことだね。

ということで
東京近郊のみなさん
ぜひ練習台になってください。

あ、ちなみに今日↑のプラクティショナーさんに紹介してもらった本。
感動しちゃうよ。


わたしにふれてください
http://www.web-reborn.com/books/book/watashinifuretekudasai.html

パワー・オブ・タッチ
http://www.web-reborn.com/books/book/poweroftouch.htm

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つれづれ~魂をめぐる考察  

そういえば、ここ2週間ほど東京を留守にしている間に
お得意のダブルブッキングも含め
参加できなくて残念なイベントがいくつかあった。

*エサレン研究所から来日のOliver Bailey氏のメディテーションWS
*デトロイトテクノのCarl CraigやJuan Atkinsの来日パーティ
*ニュージーランドからのチャネラーChris TianのWS第2弾
*同じくChris Tianのドキュメンタリー撮影への参加
*他にも高尾山ハイキングとか、外ヨガ企画とか、エサレンマッサージの練習台とか・・・

それぞれかなり思い入れがあり、かつ、プライオリティの高いイベントであった。

これが一昔だったらかなり根に持ち、延々と愚痴って、くやしがっていたと思う。
でも今回は単純に
「ああ、今回はそーゆー巡り合わせじゃなかったんだにゃー」
と、軽く流している自分があって、なんか不思議な気分だ。

いいことも、いやなことも、楽しいことも、辛いことも
それを経験するためにあるんだ、と、思うと
それに振り回されたり、翻弄されることがなくなってくる。

今日はフルムーンで朝練はお休み
(これからはほんとにちゃんと休みます)
会社もお休みして鎌倉へ行ってきます :)
実は私がエサレンに惹かれるキッカケを与えてくれたmomoさんの
エサレン・マッサージのワークショップがあるのでそれに参加。
楽しみ、楽しみ。

そして今週末は文京区の千石空房でヘミシンクのワークショップ
そしてDerrick May@Yellowへと脳内遊戯に旅立つ予定です(笑)

おー、なんやかやと結局わたしは
この肉体を借り、この現世をプレイグラウンドに
いろんな経験を享受し堪能しているのだなぁ。
しみじみ、しみじみ。


ところで、突然ですが

【魂をめぐる考察】

ニュージーランドから来日中のチャネラーChris Tian RAのワークショップやトークセッション、そして個人セッションを、この秋に数回受けた。

断っておくが、別に変な信仰心や、彼を崇め奉るファナティックな気持ちは一切持ってない。むしろ、今このタイミングで出会うべきして出会った「スピリチュアルな成長の道を歩む先輩、同志」と、私はとらえている。

直接彼に接することで、彼の存在・伝えようとしている内容は、私におおきな愛と光を確かに与えてくれた。これまでの矮小な視点、エゴ中心の世界観から、魂レベルの広大な世界へと広がりをもたらすと同時に、時空の制限を越えた広大なエネルギー体の中に「いる」という実感、それに伴う安心感、至福感、広義の愛に満ちた感覚・・・ヤドカリが貝殻の家を取り替えるように、私自身と周囲の世界が、ぐるんと一回り大きく広がりを持ち始めたような、そんな感じだ。

もっと簡単に具体的に表現するならば、私の中でこれまで貯めていたシコリが溶け出してきた、とか、なんだかすごく楽チンになってきた、とか、そういった「自分の変化の発見」なんだと思う。

そして、彼を介して素晴らしい人達やモノゴトとの出会いがあり、それによって自分の周囲の流れが変わった!これはほんとうに実感。私を変える、癒す、きっかけをもたらす、愛を感じさせる、自分の本質を知る・・・色々な経験をするために出会う人々やモノゴトが、すごいタイミングでたち現れてる!これはある意味、周囲を捉える私の視点が変わったがゆえの変化、なのかもしれないけどね。

私は関係性の終焉というのがずっと、とてつもなく怖かった。去ってゆく人、変化してゆく人、死んでゆく人・・・特に他人の「死」に関しては、足元がガラガラと崩れ落ちてゆくようで、暗黒の中で声にならない叫び声を上げ続けているような気になったものだ。そして、己の無力さに打ちひしがれるばかりで・・・。問題なく保っている現状の関係に対しても、懐疑的に悲観的に捕らえ、そして馬鹿みたいに否定的にすらなって、自己防衛していた。「どうせ失っちゃうんだから、なかったことにしよう。どんなに素晴らしいことでも、あとで寂しい思いをしたくないから、無関心でいよう」っていう拗ねた子供の論理。だから、その瞬間の喜びを心底享受したり、心の底から愛したりすることが長いことできなかったんだと思う。

でも、そんなこんなも、軽くクリアできちゃうキッカケをくれたのが、このChris Tian RAだ。たまたま私の魂は現在、この肉体を持ってこの世に存在している。そしてそれは、この現世で私の魂が経験するべきとことを、経験しているに過ぎない。現世で出会う彼も彼女も、魂レベルでは時空を超えて繋がりと役割を持ちあい、繋がっている。この現世の枠をアッサリと越え、過去で未来で、また別フェーズの経験を持つことになっているんだよ、と、そんな風に、この人生の様々な関係性を振り替えてみると、「ああ、そうかぁ、だからあの時・・・」とか、「うあー、今けっこうキツイんだけど、そういう意味合いがあるのかぁ」とか、「この恐怖も不安もみんな、結局この現世におけるゲームみたいなもんやね」とか、そんな風に自分の視点がゆるやかに、おおおらかになってきた。魂レベルで世界をとらえれば、視野がA4サイズの国内地図帳から、3Gのパノラミック・フルカラー地球俯瞰図へスパンする。ワオ!すごいショック、だけどとってもエキサイティングだよ、これは。

私は自分の過去世というのを聞いてみた。その信憑性なんて、ほんとうはどうでもよくて、大事なのはそこから自分が何を引き出し、いかに自分の進む方向性の舵取りをしっかりすることだと思うので、まぁ、この先はハナシ1/10くらいで聞いておいてください(笑)。

私の魂は以前、アジア某国の戦士(男性)で、国を自分の名のもとに治める目的のためには、どんな手段も問わない、冷血で、非情で、人間性の価値を認めない、目的達成ロボット(しかし有能な)だったそうだ。結果的に、目的を果たせないまま、戦死するのだが、その死の直前に「人生において、本当はなにが大事だったのか」ということに気がついたらしい。だから次の人生は、愛、慈しみ、人間性の尊重、信頼・・・そういうソフト部分を経験するためにあえて女性という肉体を持って現在の私という人生を選んだそうだ。

よって、現世の私は非常に男性性が強い。しかし、女性という肉体を持ち、女性としての「あるべき」を条件付けられているので、その男性性が抑制されている。一方で、私の女性性はその「脆さ、傷つきやすさ、弱さ、やわらかさを持つことを、自分の男性性によって抑制されている。これら「脆さ、傷つきやすさ、弱さ、やわらかさ」は、前線で戦う戦士であった前世において死に直結する「弱み」であるからだ。

つまり現世での私は、女性性・男性性を共に抑制し、特に女性性を感じないことによってバランスをとっていた、ということになる。これは人間的温かみに欠け、エゴと物質的欲望に支配され、女性であることに嫌悪を持ち居心地悪く自分を押さえ込んでた、以前の私にすごくかぶる部分がある。

そして、ここ1年あまりの私をめぐる変化を「自分の本質への目覚め」の過程としてとらえると、このあたりがスコーンとクリアになってくる。

さまざまな出来事や出会いや考察によって、物質的な生き方から、スピリチュアルな魂の存在への帰依と変化した。

結果的に、これまでマインド(=アタマ)や社会的条件付けで規定され抑制されてきた「本来の自分」が、どんどん表面化してきた。感覚が、感情が、知覚が、日に日に繊細に鋭敏になってゆく毎日。特にヴィパッサナー瞑想を始めてからの自分の変化は劇的であった。

圧倒される感情の波に呑まれて、制御不可能になりつつ「もうなにがなんだかわかんないけど涙がボロボロ出てきてしかたないのだー!」というのが、2日に1回やってくる、という精神状態。つらくて、胸がいつもずっと痛くて、なんだろう、なんだろう、と模索するのにもウンザリしつつ、安易に外部に要因を押し付けては、ドラマを作り上げ、自分を納得させようと躍起になるが、いかんせん嵐のようにやってくる渦に呑まれて、結局満身創痍、大敗、そんな日々。

すがるように、逃げ出すように、ヨガだー!WSだー!ヒーリングだー!と体当たりしている自分が滑稽にすら思えてくる。ぐるぐると回り回ってふりだしに戻っては、途方に暮れたり。

で、はた、と気づく。自分の中に、愛、慈しみ、人間性の尊重、信頼、脆さ、傷つきやすさ、弱さ、やわらかさがあることを。そういったもので満ち溢れている自分に気がついた。そしてそれは、こんなにも暖かく心地よいのだ。ああ、私はやっとここに帰ってきたのだなぁ、という安堵感。

心のなかのガチガチのしこりや結び目が、ゆるゆるとほどけてゆく。意識せずとも努力せずとも、放っておけば、委ねておけば、いつかは自然な呼吸ができるようになる。いつも重苦しい胃も、いつかは軽くなる。そうなるために、そこへ至るために、あれやこれやが起こるべくして起こってきた。醜い怒りや嫌悪や痛みや悲しみや葛藤、これらの経験なくして、現在の喜びは、ありえなかったはずだ。

自分の変化を、大きな流れの中にいる実感を、「魂の成長」という視点で捉えると、こんな感じになる。これから自分がどんな風に流れてゆくのか、何を経験し、どのように変容してゆくのか、誰とどのように関わり、何と出会ってゆくのか・・・そう考えると楽しみでしょうがない。

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ただいま  

11/17から4日間、香港へ行ってきた。

その後ゴエンカ・ヴィパッサナー瞑想合宿へ参加するために
11/20に成田へ戻ったその足で新潟の妙高高原へ直行
そのまま10日間の瞑想生活をすごした。

昨日ようやく東京へ帰還。

東京へ戻る道すがら
ココロもカラダもすっきりと大掃除がなされたせいか
久々に見上げる透き通った青空と凛とした空気を感じ
人生は美しいなぁ、という感慨が全身に染み渡った。

自分の中に愛があるのを実感する。
それがいつしか喜びとなり、溢れ出すのを感じる。
ハートがじんわりと熱く持ち上がるような感覚。
そして、これをみんなと分かち合いたくて仕方ない衝動。

ほんとう、人生はマジカルで驚きと発見の連続だね。
そしてそれはほんとうにフローするんだよ。
すごい、すごい。



香港でのダンナとの対峙で
自分というもの
相手というもの
コミュニケーションというもの
リレーションシップというもの
つまり、生きるということそのもの
そういったものの本質と
逃げずに向き合った。

自身を欺かなければ
答えはちゃんと出てくる
というか、いつだってちゃんとそこにある。

詳細はかなりプライベートなので割愛するけど
結果的に
「私たちはこれ以上一緒にいる必要がない」
ってことで同意しあった。
だって、1+1=の答えが「2」以下なんだもん。
表面的な取り繕いのみで存在する私たちの関係性というのは
共にコミュニケーションを放棄し、逃げ続けてきた結果だよ
って、ま、そういうことだ。

これに関して私たちができることというのは
真摯に互いに立ち向かうか、ここで終止符を打つかのどちらかで。
それをキチンとさせるために今回私は香港まで行ったんだから。

結果、期間限定で立ち向かいましょう、しかし真剣にね。
もしそれで駄目なら、それまでだよ、ってことで合意。

で、来年の2月から4ヶ月くらい
ダンナと共にインドのゴアに住みます。
そこで期間限定の関係修復作戦に挑みます。

・・・は?なぜゴア?
その理由はわかりませんが
なんか不思議なパワーに導かれてるみたいですね(笑)




そんな結論を持ち帰り
ヴィパッサナの合宿へなだれ込んだ。
今回の参加にはとてつもなく重要な意義があった。
というかスゴイ洞察を得ました。
前回(1年前)の経験は単なる入り口であり
それから1年間の毎日の瞑想修行は
ほんとうに単なるウォームアップであったのだー、わーわー。
(あ、ちょっと、この話は長くなるので別途記します。)



とりいそぎ、ご報告まで。

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