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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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今日もまた  

そうせざるを得なくて、ふと立ち止まった。

ぶざまにもんどりうってる自分が見えた。

ああ、まだまだ私は外側に答を求めてる。




いい加減無理してごまかし続けるのは終わりにした方がいい。

全てを「必然」の名のもとに委ね、

決断実行の責任を放棄しちゃいけない。




苦しみの原因が解っているのに、

そこから一歩も動けずにいる、

ああ馬鹿馬鹿しい、

情けない、

何やってんだ私。




結局いつだって、こんなことの繰り返しじゃん。

停滞、ここに極まる。




自分のコンディションを折れ線グラフにしたら、

ここ数日は思いっきり深い谷底だ。





こんな時に、すがるようにヨガへ逃げる馬鹿者一匹。

ゴビンタ・カイ氏のフルブライマリー・レッドとヨーガ・スートラ勉強会、

バンダ・ドリシユアティのWS、

いつもの練習・・・。





ねえねえ、なにが見つかった?

今度はなにが解ったつもりになったの?

相変わらずに胸は重苦しく、

今にも泣き出しそうな自分が、ここにいるというのに




それでも今日もまた

こうして2時間の「スーハー」をやりに、

スタジオへ向かう。



修行ってのは、そんなもんだ。



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天国の日々から現実の世界へ帰還  

断食を始めて今日で7日目。

心身ともにとても快調で、異常なハイ状態がずっと続いてる。

感覚は鋭敏になり、身体は軽く、頭はクリアで恐ろしく覚醒している。こういった様々な変化が、毎朝のヨガ練習と瞑想に如実に現れてきた。

いつもならある程度の時間をかけないと到達できない「深く瞑想に入った状態」に、すぐ到達できるようになった。

瞑想中、音と匂いに敏感になり、それも外部からの刺激ではなく自分の内部から発せられる音(心臓の鼓動や呼吸音、ブーンという微妙なバイブレーション音とか)、匂い(なんだか甘いような懐かしいような)に圧倒されることが増えた。

瞑想していない時でも、フッと精神だけは瞑想状態に入っている、ということもしばしば。特に公園などを散歩中に。

瞑想中、自分の体内エネルギーが物凄いエネルギーを持って感じられ、突然ガッと電撃が身体中を走ったり、それこそオーガスムスのような全身を貫く微細な痙攣がいきなり来るようになった。これはヴィパッサナー瞑想の10日間コース以来だ。

アシュタンガヨガの練習で不得手なアサナが、突然ぜんぜん力まずに軽ーくできてしまって、びっくり。なんだ、これ?ほんとうに身体が軽い!柔らかい!すごい!

反対に、感覚が過敏なりすぎて、電車や込み合った場所にいるのがツライ…特に人の匂いと重苦しい想念が。やたら公園や緑の多い場所へ避難してしまう。周囲からの圧倒的な反対や興味本位のおせっかいがウザイ。といった難点もあったが、得たものの方が大きいのでよしとする。

実は今回のマスタークレンズは、毎朝のマイソール(アシュタンガヨガを自分のペースで行う練習)を優先したので、腸内洗浄はやらなかった。この腸内洗浄(起き抜けに塩水を1リットル飲む)をやると1-2時間は柔便~水便が続くためトイレから出られなくなってしまう。腸内洗浄をやり、それから朝練となると3時には起きなきゃならないので…パス。

でも、不思議なのは、手作りレモンジュース以外は何も口にしていないのに、7日間毎朝ちゃんとウンコがでるという事実。ほとんど宿便なので量は少ないんだけど。すごいね人間のカラダって。

今回興味深かったのは、まったく飢餓感やつらさを感じないということ。私はもともと摂食障害を持ち合わせていて、思春期から過食と極端なダイエットを繰り返し、結果的に痩せにくい体質のデブとなり、そのコンプレックスを始終抱えていた。

前回このマスタークレンズをしたときは、体重を減らすのが目的だった。だから、初日からずっと「我慢」している感じが抜けず、いつも「飢餓感」と戦っていた。

しかし今回は、「体重を落とす」というよりは、浄化としての絶食が、ここ1年ほど毎日続けているヨガと瞑想のプラクティスにどのような影響をもたらすのか?という、探究心から行った。だからきっと、「我慢」「飢餓感」よりも、様々な効果を楽しんむことができたんだと思う。だって正直言ってこれは「脳内ユーフォリア」以外のなにものでもないよ。

これだけ長期間の多幸症状態が続くと、ああこのまま終わらないでほしい…って、執着が生じてくる。今、私はまさにその真っ只中。

4日目くらいに酷い頭痛に襲われ、ああ、どうしようアスピリン飲むか食事をするかしないとマズイなぁ、とパニックになりヨガメイトに相談したところ

「アスピリンは最後のオプション、耐えられないなら食事を取ることを考えなさい」

とアドバイスされた。あたりまえのこと言ってくれたんだけど、それが悲しくてねー。やだやだ絶食やめたくない!もっと、このままでいたーい!って、駄々っ子状態(笑)初めて体験する「天国のような心地よさ」に既に執着してたんだと思うけど。

この執着の放棄というのがもうひとつの修行なわけで、私はここのところが非常に弱い。本当に弱い。

でも、いつまでもここにいるわけにもいかないので、本日から少しずつ復帰食を始めることにする。手作りジュースをたっぷり、それからスープなどでゆっくりと固形物へ戻してゆく。この期間も、私すごく好きだ。自然の食物の本来の味が、滋味深く身体中にしみこんでゆく感じ・・・素晴らしい。

ということで。

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マスタークレンズ  

このところすこぶる調子が良い。

厳密に言うと、身体も心も

「ムチャクチャ覚めてて軽ーくて鋭敏!」

って感じで、言い換えると、

感覚的に繊細になりすぎてそれに圧倒され

「ええ?」って驚くこともしばしば。



ここ5日くらいは、公共の場でも涙がボロボロ出てきて、

それこそ会社へ向かう山手線の中で、

オンオン泣きながら日本手ぬぐいで顔を拭う自分がいて、

なんでだろー?と首を傾げながらもどこか他人事みたいで。



結局これは、自分の長い事抑圧し続けた大事な感情を掘り起こす、

という結果をもたらしたんだから驚きです。




自分の可能性は無限の広がりを持っている。

ひとつひとつのプロセスが(普段はあまり気付かないけど)実はとてもキチンと秩序だっている。

世界は見る者の心が写る。

安易なHOW TOものや、救済の技法なんていらない。


自分自身が信仰の宮殿であり、

かつエキサイティングなプレイグランドなんだから、

こんなワクワクすることはない。





そんなこんなで結構絶好調なので、

ちょいと久々にマスタークレンズ(身体浄化の修行)を始めます。

どのような変化が現れるのか、ちょっと楽しみ。



<<一応方法をここに>>
マスタークレンズ(Mater Cleanse)

1979年にアメリカのスタンリー・ボロー氏が提唱された、断食と腸内洗浄を基本とした健康法。

http://www.geocities.co.jp/Beautycare-Venus/2032/english/master_cleanser.html

日本では「レモネード・ダイエット」として紹介されることが多い。ヨガ的にも各種浄化法(水や布による胃洗浄、水や糸による鼻腔洗浄など)と共に馴染み深い方法のひとつ。

断食:なにも食べない。それだけです。変わりに「水+メープルシロップ+レモン汁」の手作りドリンクを、好きなときに好きなだけ飲む。

腸内洗浄:朝、起き抜けに(異になにも入ってない状態)塩水を1リットル飲む(一気に飲み干す)。塩分は血液と同じ濃度にするので、体内に吸収されず、消化器官をダーッと洗い流し、結果として痛みのない下痢便(ほとんど水)となり、要らないものが体内から出てゆく。


この2つを組み合わせ、最低3日間から一般的には1週間を過ごす。(文献では6週間まで大丈夫みたいですが・・・現在読んでいる"Prana, Pranayama, Prana Vidya"にも、「人は食物なしで6週間、水なしで6日間、空気なしで6分間生きていることができる」とある)

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鎌倉でヨガ  

鎌倉は長谷にある御霊神社の貸スペースでヨガをやってきた。

この小さな神社は緑深い小山のふもとにあり、江ノ電が鳥居の目の前をガタゴトと横切るという、なんとも長閑でチャーミングな雰囲気があり、観光地の喧騒がほとんどない、神社仏閣寺院墓地森林につきものの、凛とした良い空地があたりを支配していた。

前夜はウチの母に「雨が降ろうが、雷が鳴ろうが、とにかく鎌倉には行ってらっしゃい」と珍しいことを言われたのが印象的だ。そういえば、まだ父が健在な頃は両親二人してしょっちゅう鎌倉に行っていたなぁ。父が死んでからも、母はシツコク鎌倉に行っていたなぁ。磁場との相性がバツグンなのかな。

さて、この神社の貸スペースでのヨガは、終始まったりとピースフルに進み、開け放った窓から入り込んでくる新鮮な空気、わんわんする蝉の鳴き声、ガタゴト江ノ電の車両の音、鳥のさえずり、潮の匂い、緑と土の匂い…そういった地球上の素晴らしいギフトをこの身で受け止め、喜びと至福の瞬間をウジャイ呼吸と共にかみしめるように堪能した。すごい感覚。都会のコンクリートジャングルに建てられたビルの一室で行うのとは、別のアクティビティをしているようだ。うーん、フィリピンでのヨガを思い出す…:)

ヨガはアシュタンガで、スーリャナマスカラからスタンディングまではレッドスタイル(先生のカウントに合わせ皆で一斉にやる)、シッティングに入ってからはマイソールスタイル、という流れで行われた。実は今日は、昔のヨガメイトのYさんと7ヶ月ぶりのご対面!というのもあり、気持ち的にとっても満ち足りていて、練習中も彼女とはナナメ横同士だったので、彼女がそこにいる、ってだけでスゴイ安心感を覚えたりした。

そのせいか分からないけど、今日はマリーチDで初めて自分ひとりで両手がついたよ、指先だけど。私このアサナは、本当に本気で一生できないと思っていたし、某先生にもキッパリ「アンタ痩せなきゃできないよ」と言われたし、私のトラウマ的アサナ・ナンバー・ワンだったのに、ですよ!

ついでに、フィニッシングのバッダ・パドマーサナ~ヨーガ・ムードラで、先生の助けを借りずに、蓮華座を組んだ足を両手で掴めた!えー?マジ?ここまで来るのに1年かかったんだー、スゲー感動。

来るべくして来た時であったのか、単に私の精神状態が身体に現れたのか、はたまた母の予言だったのか、それとも周囲の自然パワーの賜物だったのか、理由なんて本当はどうでもいいよね。大事なのは、胸イッパイに広がる、震えるような、幸せな気持ちが確かにそこにあった、っていう、その事実なんだもん。

ヨガの後は近くのオーガニックカフェでベジランチ。

それから由比ガ浜でビーチライフ…と思ったら、

あっという間に雲行きが怪しくなり、激しい通り雨と雷。

でも私は、雨って結構好きなんだ。

ビーチが白黒フィルムみたいに色彩を失ってゆくのを眺めた。

空には沢山の龍が踊っている。

驟雨が歩むさまを追いかけた。

南国のカラフルなビーチとは違う、シャープな手触りを感じた。



yuigahama



雨に濡れながら、なんでか判らないけど、ずっとそこに立ち止まっていたいな、と思った。

ひょっとして、時はこのまま止まってしまうのではないかな、

なんて真剣に思いながら見やる空には、もう龍の姿はなかった。

だけど、自分の中に「強いなにか」が存在している感触がずっと残っていた。

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