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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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かみさまのおうち   

現在実家に居候中のため、この頃の私は姪っ子との異次元ワールドにどっぷり状態。

これまで子供という「生き物」とは、あまり関わりを持たずに生きてきた。

そのせいか、彼女との時間はとても新鮮で、毎日がほんとうに驚きと感動の連続で、まるで極上の羽根布団の上でふわふわ生きているような気分になる。

今朝は霧雨の中、この6歳の姪っ子と手を繋いで近所のお散歩をした。

住宅街の中にちょっと目を引く、現代風のお寺がそびえていた。

「あれはなぁに?」

と姪っ子に尋ねると

「あれはね、神様のおうちなの」

との答え。

「ふうん、神様があそこで寝たりご飯食べたりしてるんだー?」

と私。

「ううん、ちがうの、神様はね、見えないんだよ」

「へー、見えないんだ?じゃぁ、あそこには居ないんじゃない?」

「ちゃんといるよ、見えないけど、感じられるから、神様はちゃんといるんだよ」



これには参った。

なんかガツーンと、私のハート直撃!って感じで。

こんな小さな天使に教わる大事なモノは、まだまだたくさんある。


ああ、今日もいい日だ。




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睡蓮   

不忍池の蓮がほころび始めた。


泥の中から這い出てきて、あれほどまでに美しい花を咲かせるその「凛」とした姿は、俗世の汚濁に塗れもんどりうってる私達には眩しいほど高貴に映る。楚々としたたおやかさの中にある強さ、その絶妙のバランスが私達を惹きつける理由かもしれない。


ちょっとやそっとの事には動じないくらい、強くなりたい。
逃げたり投げ出したりする弱虫から脱皮したい。
自分を守るために人を傷つけることを終わりにしたい。
自分の心に宿った愛に素直になりたい。
虚勢や意地でガチゴチにしちゃった結び目をほどきたい。

結局、自分・自分・自分…とエゴが大行進していて
いつもおんなじ問答をグルグル繰り返しては
いつも違った方向へゴロリゴロリと転がってる達磨みたいだ。


先日ヨガの朝練で、特定のアサナ(ポーズ)ができないのは体型的に不向きであるからだ、そのポーズをとりたかったらかなり痩せるくらいしかない、とキッパリ言われた。


アシュタンガヨガをやるということは「先へ、先へ」進みたい欲望との戦いだ。すべてのポーズのシークェンス(順番)が決まっているため、ひとつのポーズができたら次のポーズができるようになりたくなる。上達したい、でも、なんのために?自己満足?達成感?自慢?優越感?体力と柔軟性があればジムナスティック的に上手くできる人はたくさんいる。そんな人達を傍目で見ては羨望の念にかられ、マットの上で心をガジガジにして苦しんでる自分が情けない。じゃぁ、なんでYOGAをやってるの?っていう根本的な部分へ、結局また戻ってきちゃう。


「アナタはチビでデブで短足短腕だから、高度なポーズは無理なんじゃないの?」

なんてハッキリ言ってくれる人は少ない。たいていが

「One day will come、頑張り過ぎず、あきらめず、でいきましょう」

って感じだ。私はこれまでそういうマッタリしたノリの中でゆるーくヨガをやってきた。だから、ちょっと、ガツン!とやられたなー、というのが正直なところ。


でも反対に変なモヤモヤがクリアになって

「あー、なんか私って(ポーズをとることに)かなり執着してるよなぁ、(そのために)すっごく無理してるよなぁ」

って、本当に痛感した。


いいじゃん、できるようになるのが来世でも、くらいの軽さで、外部に惑わされず芯をしっかりキープしていきたい、本当はね。アタマでは分かってるけど、でも実際は難しいよね。このあたりの自分のグラつきや弱さが、私の現在の課題なんだろうなぁ。

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つぎは、てんごく  

東京では文京区の実家に居候している。

最寄り駅は三田線の千石駅だ。

いつもボンヤリと朦朧としている所為か

車内のアナウンスが「せんごく」ではなく

「てんごく」と聞こえる。




ところで実家には6歳&8ヶ月の姪っ子2人がいる。

ともに異次元に住むテリタビーな生物だ。

まだまだ赤ちゃんの姪2号などは

眺めているだけでフワフワな気分になってくる。

この子にとって、この世は不思議でいっぱいなのだろうなぁ。

天使はアチコチにおられる。




先日、元勤務先へ遊びにいった。

懐かしい顔がたくさん、たった半年足らずでの変化もたくさん!

まったくの自己勝手で辞めた会社へお邪魔して

居心地の良さを感じられるのは、幸せなことだ。




アシュタンガヨガの練習は、帰国後とりあえず毎日続いている。

さすが東京、ヨガスタジオは選り取りみどり。

最初は身体がとても固かった。

3.4日目で全身の筋肉痛が最高潮に。

1週目くらいから、ようやくエネルギー復活のきざし。

身体が少しずつ軽く感じられるようになってきてる。

体重的には重いんですが(笑)

身体の物理的重量は問題じゃない

身体に宿るエネルギーがプラクティスを導いている。

すごい実感。





年老いた母と寝る前に布団の上で健康体操をやる。

終わってから満足そうに寝息を立てる姿は可愛らしい。

あとどのくらい一緒に過ごせるんだろう?と思ったときに

今こうして寝食を共する機会があることに感謝する。

いがみあったり、怒鳴り合ったり、笑ったり、泣いたり。





なにも起こらない平凡な日々

それこそが私にとっての「てんごく」だなぁ、と

半分夢うつつの地下鉄三田線の車内で

千石駅のアナウンスを聞きながら、そんなことを思った日。

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Fragrance in, Love & lights out ジョン・スコットWS@荻窪  

Fragrance in, Love & lights out

自分のハートにバラの花を思い描き

息を吸いながらその香りを胸イッパイに満たし

息を吐きながら愛と光を送り出そう



lotus



アシュタンガヨガの世界では著名なプラクティショナー
ジョンスコット氏のワークショップが東京荻窪のIYCで行われた。

ずらりと集まった総勢70名程の参加者へ、
単なるテクニカルなポーズの秘訣ではなく、
内面における一番大事な(そして私たちがついつい忘れかけている)
愛、慈悲、分かち合い、そして「繋がる」ということを、
ココロからカラダを通して感じ取れるよう、
暖かく真摯に伝えてくれた。

ああ、まさにこれは彼から私たちみんなへの「ギフト」であったなぁ、と、感動。



チベタンヨガの瞑想法を取り入れ、愛と慈悲を体内で感じ取るのは、エゴマニアックに陥りやすいアシュタンギには有効だったのではないかな?ココロに描いたバラと、花びらが少しづつ開いてゆく(unfoldingしてゆく)うちに現れてくるダイヤモンドの輝きを、参加したみんながWS終了後の日常生活でも、忘れずにキープしてゆけると、いいなぁ、と思った。



あのジョンスコットのテクニカル ワークショップだから、と、フィジカルな教えを期待していた大多数の私たちに、ちょっとした気づき(それもとてもシンプルで簡単で大事なこと)をもたらしてくれた、なかなかに素晴らしい2日間だった。



ありがとう、ナマステ

Give love to the world

May all beings be happy

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