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三昧(サマディ)までは何哩(マイル)?

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ちょいと放浪   

1:エルニドの原始的生活に飽きた。
2:そろそろヴィザの更新しなきゃなんない。

よって、ちょいとバスに揺られて、近郊の町を経由して、パラワンの中心市プエルト・プリンセサへ行ってきます。

エルニド-プエルト間は飛行機にしても良かったのだが、料金が10倍も高いし、別に急いでいるわけでもないので、陸路バスの旅に決定。

しかしさすがにエルニド-プエルト間のデコボコ道をオンボロバスで、6~9時間も揺られるのは苦痛。なので途中タイタイ・ロハスといった町で途中下車しながら、のんびり行くことにする。タイタイ・ロハス共に初めて行く町なので、楽しみだ。

プエルト・プリンセサでヴィザの更新を済ませた後、セブへひとっ飛びして、セブ島周辺を放浪する予定。なんでセブ?って言われても、「なんとなく」としか答えられません。文明が恋しいからでしょうかね?
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なんちゃってアシュタンガ系フリースタイルのハタ・ヨーガ  

ヨガの自己錬の時間帯が毎朝7:00-8:30の1時間半、と、最近やっと一定になってきた。生活のリズム自体が落ち着いてきたってことだと思う。

でも、この南国特有の湿気と熱気でエネルギーが長続きしません。スーリャ・ナマスカーラからスタンディングを経て、シッティングに入る頃には、もう既に体内の炎はメラメラと燃え始めている状態。

アシュタンガをやる上での一番の醍醐味「ビンヤーサ」、これが好きでアシュタンガにはまったというのに、最近この「ビンヤーサ」が苦痛。ゼイゼイ、息切れを起しちゃう。年かな?

よって、最近は規律よりも自分の気分優先で、かなり「なんちゃって」アシュタンガの練習に終始しています。シッティング以降は、もう、アシュタンガっていうより、フリー・スタイルのハタ・ヨーガって感じ。

ダンダーサナからナバーサナまでは、不得手なアサナを飛ばしつつ、途中のビンヤーサをかなり省きつつ進め、ブジャピダーサナ以降はエネルギー出ないし、つまづき多し!なのでパス。たまにクルマーサナ・バッダコナーサナはやる、これは好きなのだ。

そして何故か「後屈系」を身体が欲しているので、ナバーサナ以降はセカンドからのポーズ、shalabhasana A&B(バッタのポース・・・かな?)・Dhanurasana(弓のポーズ)・Ushtrasana(キャメルのポーズ)を取り入れ、続けてバックベンド、壁を使ってのドロップバックをやります。

その後「後屈」の後に背骨の位置をニュートラルに戻すため、セカンドからのねじりのポーズを2つ行い(Bharadvajasana・Ardha Matsyendrasana)、パーチュモッタナーサナを経てフィニッシングへ・・・というのが最近のパターン、ゴビンダ・カイが聞いたら怒りそうです。

あ、でも、ここのところ肩&首が痛くてショルダースタンドのシリーズが出来ないのがツライ。バチがあたったのかな?

まぁ、以前のようなエネルギーが戻ってくるまで、しばらくの間はこういった「なんちゃってアシュタンガ系フリースタイルのハタ・ヨーガ」でお茶を濁しときます。

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ヨガを教えてみる  

初めて他人にヨガを教えた。

自分でやるのと、人に教えるのとは、まったく別物。
他人の身体は、私のとは異なる性質を持つ。
筋力、柔軟性、可動域、呼吸のリズムだって違う。
よって、私ごときが教える、与えるなんて・・・って考えると非常に緊張した。
でも、私ごときでも毎回のプラクティスのたびに受けるヨガ・パワーの恩恵というのがあって、
それを他人とシェアするんだ、って思ったら気が楽になった。

田舎の山腹にある学校の空地で緑と静寂と土の匂いに囲まれながら、チャンティングからスーリヤ・ナマスカーラ、そしてスタンディングまでを、ゆっくりとした呼吸にリズムに合わせて一緒にやった。

木漏れ日が眩しかったし、足裏にささる草葉はこそばゆかったけど、大地と青空をうんと近くに感じて行うヨガは、すごく清々しかった。

ここのところずっと独りで練習してきたけれど、ヨガの本来の意味が「Union=繋がる」ってコトであるなら、こうやって他人とヨガ・パワーを共有できるのは素晴らしい奇跡のようなものだ、と、周囲の大自然に圧倒されるような気分で、心から感謝した。

アシュタンガは初めての相手だったので、無理をしないよう、一瞬一瞬を楽しむことを、呼吸と共に「ある」という意識を忘れないよう、常に気を配ってしつこくない程度に声かけを心がけた。

がっつりアジャストなんて、きちんとトレーニング受けてるわけじゃないので恐れ多くてできず、せいぜい「ここをもう少しこっちの方へ向けて」と、そっと手を添える程度、でも、すごく繊細で勘の良い子だったので、それだけで身体がスッと伸びていくのが判った。

ああ、楽しかったなぁ、教えたっていうか、反対に私が沢山学んじゃった。
彼女にありがとう。
すべての巡り合せにありがとう。
ここに私がいるということに、心から本当にありがとう。
ナマステー。

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屠殺・ある晴れた昼下がり   

湿気で汗ばむ午睡の最中、耳慣れぬ雑音で目が覚めた。その不快な、ザラつく、荒い雑音は、定期的に波のように押し寄せては、遠い意識をウツツへ引き戻し、また遠くへ去ってゆくのだった。

最初は子供が遊ぶ玩具の戦闘音かと思った。その日近辺は、滞在中のバンガロー・オーナーの親類縁者友人知人が大挙押し寄せており、ひがないちにち子供達が嬌声を上げはしゃぎ回っていた。

「あ、豚が屠殺されるんだね」
ダンナが何気なくポツリとつぶやいた。

「あのオモチャの音?どう聞いても豚の声じゃないでしょう」
私は白目を剥いて呆れがちに吐き捨てた。

「いやいや、ちょっと外行って見てきてごらん。あれは絶対豚が殺される前の、恐慌の鳴き声だから」

フィリピンでは祝い事があると豚の丸焼きを食する。ムダにすることなく、余すことなく一切合切平らげるのだ。そして、私はこれまでに何度も、ヒーヒー鳴き叫び、数人の若者に引き摺られるように屠殺の場への道を歩むブタさんたちを、日常生活の一光景として見て来た。

食用の肉類は本来、スーパーマーケットで目にする小奇麗にパックされたものではなく、生ける動物を人の手で殺めた結果の報酬品であることを忘れちゃいけない。つまり、恐怖で錯乱する神経系活動、断末魔の痙攣、そしてついに血に塗れた肉塊と化す「死」の正体が大前提として存在する。それらを目の当たりにする覚悟を持つか、もしくはキチンと認識し責任を持つことなくして、私たちは肉類を頬張る資格などないはずだ。

炎天下、ビーサンをひっかけて隣の空地へゆく。見物人が十数名。雑草生い茂る空地の片隅で、3人の若者が奮闘し丸々と肥えた桃色豚を、今、まさに殺めんとするところだ。辺りを劈く凄まじい鳴き声は、もはや動物が奏でうる音声ではなかった。この桃色豚が圧倒的な恐怖に飲み込まれ、恐慌状態に陥った最後の叫びは、こんなにも絶望的で神経に突き刺さってくるものか、と戦慄した。

「やっぱり、豚の屠殺だったよ。見て来た」
私は彼に報告した。

「肉食者は全員、屠殺現場を一度でも見るべきだ」
彼はいつもの自論を持ち出した。

「でも、キミは現在ヴェジタリアンだから、罪の意識も持たずに見てこれたのでしょう」
彼の他意なきコメントが、なぜか居心地悪く感じた。

確かに現在私はヴェジタリアンであり、基本的に目玉のついてるものは食べない。なぜなら、その方が身体の調子が良いからだ。ただし、ヒステリカルにヴェジタリアン!ではないので、状況に応じてかなりフレキシブルではある。また、以前の日記にも書いているが、動物愛護的観点からヴェジタリアンという選択をしたわけでは決してない。

ヨーガ的には「ヴェジタリアンであれ」という規律がある。これは当然殺生はイカンよ、というのもあるが、それよりもむしろ、生きとし生けるもの、自意識の萌芽を持つものを殺めることで生ずるカルマを、己の体内に取り込むべきではない、つまり、ヨーガ=浄化への道であるわけだから、オノレの身体は出来うる限りクリーンであるべきだ、といったところか。これは一理ある。そして私は身を持って「肉食断った方が調子がよい、身体も軽いし、クリーンで繊細なカ・ン・ジ」という次元でこれを確信してきた。が、例の桃色豚屠殺現場を見て、私の天邪鬼性がムクムクと沸きあがってきた。

でも、それってむちゃくちゃセルフィッシュじゃないか?自分だけよければいいのか?

ヨーガの基本ってOnenessでしょ?「繋がる」ってコトでしょ?つまり、この私も、そこのアナタも、あそこの乞食も、あっちの政治家も、みーんな、大きな生命エネルギー体の一部をなす、って意味では、「オ・ン・ナ・ジ」ってコトやん。なのに、この私だけは、動物を殺生せず、悪いカルマを体内に取り込まず、正しく修行しておりますので、他の肉食者達とは別格であり、彼らのように罪の意識を持たずにすむのであります・・・なんて論理、わたしゃ信じませんぜ、ダンナ。

確かにひとつの選択としてヴェジタリアンというスタイルはアリだ。ただし、それはいかなる免罪符ともなりえない。その部分を履き違えてしまったら、いかんよね。肉食だろうと菜食だろうと、自然や動物の犠牲の上に我々の存在は成り立っているのだ、って事実は変わんないんだもんね。

その晩は案の定、でっかい宴が催され、かの桃色豚もこんがりと焼かれて数十名の胃を充分に満たした。私とダンナも一皿ずつのおすそ分けを頂いた。私は「いや、結構。私ヴェジタリアンなもので」と断っても良かったんだけど、あの屠殺現場を目撃したからには最後まで殺戮者サイドとしての任務をまっとうせねば、と、ほんのりピンクでジューシーな「ポーク」を、ゆっくりと噛み締めるように時間をかけて味わった。久しぶりに口にする肉は、とても濃く重く感じられ、そして私はその深い野生の滋味を体中で堪能し、桃色豚の断末魔のカルマをこの身に引き受けた。おいしかった。

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