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2010年09月10日 17:09
9/6
Stop thinking, start believing
なにはともあれ、びっくりしたのなんのって。
今朝の練習で、最後のハンドスタンド〜ドロップオーバーするときに、いつもと違う「肉体」着てきちゃったのかしらー?というくらいカラダが別モノに進化してた。
エイヤッ!っとハンドスタンドに入る際に、妙に土台が安定していて、どんな風にジャンプして乗っかっていっても、心地よい撓みの後に、最終的にピタッとバランスポイントに収まるー!勢い過ぎれば勝手に戻り、勢い足りなければ勝手に進み・・・それもこれも私の意志の力とは、まったく関係のないところで、なんとも自然に。
アタマの中で「掌に重心ちゃんと乗っけて、床押す力でグーンと上に伸びて、目線もっと前方で、鎖骨開いて肩開いて、骨盤もっと真上で・・・」などなど、ウザイ司令塔とならずとも、肉体自体が勝手に自主的にお仕事してくれてる。ここ2年ほど日々続けていた「アタマ→肉体」への指令&試行の繰り返しが、やっとこ身体での理解に繋がってきたのか?最初はドシロウトで、ききわけのなかった部下が長い期間を経て、学び、育ち、自立し、ついには権限委任できるまでになったような感慨深さ(笑)
これだけ楽に安定すると、そこで「停止」も難なくできる。となると、ヴリシュチカーサナ・・・おっ、独りでできる。ドロップオーバーで降りるときもスローモーションで、なんと自分の足先が視界に入った、おおおー。
そういやドロップバックのやり方も、今朝から変えてみたんだ。
いままでは、キノの初期youtube動画をお手本に、ゆっくり、ネチネチと、足の付け根伸ばしーの、お腹伸ばしーの、胸開きーの、肩開きーの、とやった挙句に、ぶら下がった状態で2〜3呼吸して、全身がmax開ききった時点でやっとこ床に下りる、とかやってた。確かにこのおかげで、固ーいバックベンドもようやく開くようになった・・・が、いつまでもここにいる必要はないなー、と思い立ち
1「吸って」で準備
2「吐いて」でバックベンドして着地、そのまま手を歩かせたりせずに
3次の「吸って」でカムアップ
4吐いて終了
以上、4呼吸!
というサクッとしたやりかたへ移行しよっ、と、自主的に始めてみたら・・・なんのことはない、身体の準備は十分できていた。やらなかっただけの話ねー。だって、ゆっくり、準備イッパイして、身体を開いてからやるほうが気持ちいいんだもーん、というのが言い訳。でも、それってアシュタンガビンヤサヨガじゃあないよね、って、そういうことだ。
やるか、やらないか
問題はそこかー
Tuesday
9/7
修練と離欲
身体が固い、重い、ギコチナイ、伸びない、関節がギシってる、というコンディションでの練習だが、なにかが決定的に違う。
そこで抗ってない、というか、ままならない現状を打ち消す意思が自分の中に、ない。だけど諦めて投げやりになってるわけでも、ない。
委ねつつも努力をしている状態
これが、ちょっとヤバイくらいに超越的な体験で、ドリステの外側にぼやける世界が、いつもより遠い気がして、瞑想的って言葉は安易すぎるけど、そんな感じが、あった。
アシュタンガが「動く瞑想」だなんて冗談じゃないよー!こちとら必死の形相でゼイゼイなんだからー!と、いつも思ってた。ジョンスコットのプライマリーならいざ知らず、40過ぎのババアのセカンドなんて、全部シンドイし、超タイヘンなんだからーっ!とワケわからん主張を振りかざしていた。
ところが、同じ全部シンドイセカンドでも、決められたビンヤサに乗せる努力をしつつ、「ああもうちょっとなのにっ」とか、「もう一呼吸いれてジックリポーズに入ろう」とか、「あ、いまの失敗、もういっかい!」とか、そういう余分なアレコレをどんどん捨てていくと、これは結局のところ自分の執着と折り合いをつける(抑圧する、ではないトコ大切よ♡)鍛錬となるからか、気がつくと練習の質がガラリと変わってきた。
別にサラリとセカンドのポーズができるワケじゃない。みんなシンドイし、ゼイハアする。ただ、確かに外側の肉体と格闘してポーズに取り組んではいるのだが、その内側では、長期の瞑想によってもたらされる「あの場所」に自分自身を見つけるような、そんな静けさが広がっているのだ。もっと分かりやすくいうと・・・
外はガヤガヤ、内はシーン
・・・(笑)
奇しくもヒマラヤ瞑想のサイトで、アビヤーサとバイラーギャの考察を深めていた矢先のプチ神秘体験だったので、なんか面白かった。
Wedensday
9/8
ムーンディなり
Thursday
9/9
ハーフセカンド・脳内レッドクラス
スタジオでの遅番組、なんと本日、私ひとりきりなり。
このスタジオは、他のどのマイソールクラスより、思いっきり放っておいてくれるのが、気楽で好きなのだが、今日はそうは問屋がおろさない、と神様が申したそうで。
ハーフセカンド、全部つききりで、全部正しいビンヤサで、やらさせていてだきました・・・無言のプレッシャーによる、ほぼレッドクラス(笑)
でもね、意外と適当なトコロ沢山見つかった。知ってるつもり、やってるつもり、の津守君はアチコチにいる、いる。
一番ビックリしたのは、セカンドの休憩ポーズ、ねじり2種ですら、ちゃんと正しいビンヤサでポーズにIN/OUTしていなかった事実。特にアルダ・マツエンドラーサナの方は、吸っての一息でポーズに・・・入れない・・・!!!やろうとすると息を詰めてガチガチになっちゃう。
ティティバーサナBでテクテク歩くのも、実は間違っていたそうです!あら!初めて知った!初めて指摘された!確かに5呼吸で収まらず、変だなー、とは思ってたんだ。ちゃんと呼吸に合わせて正しく動くと、あらー、ちっとも苦しくないし、サクサクもいいところー。
他にも、ウシュトラ→ラグバジュラ→カポタを流れるように余分な呼吸と動きを入れずに、かつ「正しいアライメント」でやるのは、かなりのチャレンジ。身体というよりは、メンタル的にきっつーい。
マイソールでの練習は、どうしても、ビンヤサIN/OUTがおざなりになりがち。可能な限り深くポーズに入りたいから、余分な呼吸や、余分な動きを入れちゃうのが、私達の執着。それを煽る指導者、戒める指導者、気づかせる指導者・・・様々だよねー。
ともあれ、ここ最近見え始めてきたmy practiceの指針、その輪郭がはっきり、くっきり、してきたような気がする、そんな朝っす。
Friday
9/10
週の終わりのリセットボタン
独りでサクサクとプライマリー。マイソールだけど、脳内レッドクラス。先週飛ばしちゃったので、久々に「癒しのプライマリー」で、心身をリセット。軽すぎず、重すぎず、執着しすぎず、放棄せず、やることやる・・・そういう修練を、いま私はしているんだなー、と思った。
あれー、なんか私、またバリバリのアシュタンギに転向?
2010年09月07日 18:29
2010年09月04日 21:57
2010年09月03日 15:56
8/30
めざせサク練@ハーフセカンド
週明け、すこぶる快調。
スリアからして超気持ちよくって、あれー?こんなの久しぶりだなー、と嬉しく思いつつ、はたと気がついた・・・体調崩してからというもの、無駄な”溜め”満載のスカしたスリアナマスカーラやってない(笑)
ドーダの人オーラ満載のあれはあれで、結構気持ちよいのだが、余計なことやるエネルギーをセーブするだけで、こんなにスッキリシャキッっとクリアになるのか、とフムフム。
金甌日のプライマリーをお手本に、今朝のハーフセカンドも決められたビンヤサとおりのサク練を目指す・・・が、やっぱりセカンドのポーズでやるのは難しいー。特にカポタは、まだまだ先が長そう。
つか、カポタの後のジャンプスルーなんとかしようぜ、私。(1回もできたことがない)
そういえばバカサーナBの成功率が、1勝5敗くらいに低迷中。たまに前につんのめって顔面打つのがけっこう屈辱的で、ひとりでマットの上でブイブイ言う。
エカパダ、ドヴェイパダ、ネチネチやらないと深ーく肩のほうまで脚がかからず、ヘルニア首への負担が不快。でも、不快だけども、反対に言うと、ヤワな私の首が鍛えられるよい機会なのである。がんがれ、わし。
・・・あ、そうそう、首への負担がキツくて、エカパダのビンヤサアウト、一旦チャコラーサナになるトコ(これカッコよくて好きなの〜)が、できんぞなもし。それは首じゃなくて腹だよ、って突っ込みはやめてね。
ピンチャ・カランダ、少しずつ復活の兆し。先週はマジ呆れるほど体力なくって、ヘロヘロ崩れ落ちてたのだが、一応共にイッパツでヤリー^^くらい安定してきた。そのかわりピンチャ肘(=かさぶた)スゴイことになってて、これはこれで、うーむ。
マユラーサナはですねっ、私的には相当な進歩でっ、ちゃんと脚伸ばして空中に浮くこと5呼吸なんですけどっ。ニーチャンいわく、「それは正しくない(キッパリ)」らしいっす、えー!背中丸めて、頭が下がって、ヒザ曲がって、肘が離れてるのは、いくら浮いてても、マユラーサナじゃないんだと。「私腕短いゆえ肘離れる」というロジックは、何度言っても豚に真珠?のれんに腕おし?ロバの耳に念仏?というか、多分聞いてないもようで、しゅーん。やはり、「とりあえず浮きゃーいいでしょ?」というアザとい考えは捨てて、コツコツと地道に努力あるのみらしくって、あ”ーっ、腕伸びないかなーっ!(←まだ体型のせいにしてる)・・・なんてウダウダしてるうちに、マユラーサナ苦節2年目突入〜!ああっ、まだるっこしいっ!いいかげん先進ませロー!でも荻窪とか九段下ではポーズもらいたくない(←わけわからんプライド)
マユたんまでのハーフセカンド、とりあえず、サクっとビンヤサとおりで完了。まだまだ、まごつくコトたくさん。時間をかけないとしっかりポーズに入れないのも、たくさん。でも、これまでみたいに漫然とダラダラとやらずに、少しずつ決められたビンヤサとおりの練習を意識的にやっていこう、って心に決めた。やらなきゃ、いつまでたってもできないけど、やる努力はいつからでも始められるからねー。
TUESDAY
8/31
ちょっと重たいハーフセカンド
サクっといきたいが、なんか身体ダルダル。こういうときは呼吸をあえて浅めにする。
基本ネチ練、基本全てのポーズ&ビンヤサに全力投球120%、基本バカみたいに呼吸が長すぎ・・・のタパス気質ではあるが、さすがにこの夏は時折それ自粛。
後頭部にオデキができて、腫れてきてます・・・ガーン、また免疫落ちてるのかな?LBH(leg behind head)系でアタタっ!うわーヤバっ、と気づく。
カランダやっと安定してきて、ゆっくり、ゆっくり、降りてく感覚が戻った、ワーイ。ただ、ポーズに入ったときに、あご引いて猫背になって顔が床スレスレ&上半身を丸めちゃってるから上がらん、との指摘を受け、なるべく頭を床から離すよう、アゴ前に突き出す感じでトライするが・・・できん!肩が弱くてキープできない。ポイントはここか?そうなのか?どうなんだ?
カランダUPの練習10回くらいやると、もうヘロヘロで次のマユラーサナが「どーでもいいわー」になる。よくない習慣だ。やる気なし子さんで挑むマユたんは、はたして・・・いつものとおりヘナチョコなのであった。
ハンドスタンド〜ドロップオーバーも、やっとこ安定してきた・・・と思ったら、ヴリシュチカーサナ(覚えたよー)ひとりでやれ、との指令。ふむ、トライはする・・・が、”どこで止まればいいのよー、ドーン!”もいっかい、”やーん止まらないー、ドーン!”の繰り返し。イメトレ的にはキノの動画なんだが、実際のこのタプタプ身体はそんな思うようには操作できず、”ドーン!”・・・これは、要はハンドスタンドがちゃんと安定してないと無謀だなー。絶対に使わせてくれない「壁練習」の企みは本日もことごとく玉砕だが、壁に頼ってちゃー、できるもんもできないし。ま、いっか、地道に毎日、ドーン!と落っこちとこ。
アジャストされてのドロップバックは、これまでの「降りてくときに空中から直接足首をつかむ」やり方から、「一旦床に両手をついてから、手を歩かせて足首つかむ」やり方に変わった。空中から直接つかむ方がアドバンスなのかなー、と思ってたが、実はこれ肩関節のオープニングに関わる部分で、「別のポーズ」みたいなものだ、と気がついた(むかし蔵衛門がそんなことを言っていたが、当時の私には聞く耳がなかった)
空中から直接足首をつかむのは簡単だ。なぜなら、私の弱点である肩周りにはほとんど働きかけず、胸から腰にかけての背骨のアーチを深めるだけだからだ。(私は特に胸をグワーッと開かれる感覚がある)ただ、私はそれほど後屈が深まってないので、どうしてもこのやり方だと膝が曲がってしまう。背骨アーチの足りない部分を膝を曲げることで補っている状態。
足首つかめりゃーOKっていう単純な「ゴール・オリエンテッド=目的達成」メンタリティでやってる分には構わないけど、ほらヨガってさ、もう少し深遠であってもいいわけじゃない?(笑)とすると、いまここで自分に欠けている部分、弱い部分、変化の可能性のある部分はどこだ?と探求したときに、そこを押し広げていくやり方っていうのは、「とりあえずの目的達成」に安住するより、もっと大事なんじゃないか?と、個人的には思うわけで、その点で私は今習っているニーチャンの「マジっすかそれ?」的アンリミテッドな姿勢に、ゾッコン惚れてるのだ、かなり片思いだけど。
ところで一方、一旦床に両手をついてから、足首まで手を歩かせるパターンだと、その過程自体が目的というか、足首つかむ着地点は最早単なる目の前の人参でしかない。脚はガッツシとまっすぐに固定させられバッファとれない状態なので、当然弱い部分を開いていかなきゃんらんゆえ超キツイ。そして頭を床スレスレにして肘曲げて誤魔化せないよう固定されるので、私の笑っちゃうくらい固い肩周りにシッカと働きかける寸法だ。最近カポタでカカトとってから、一旦肘伸ばして、肘を内側に入れてポーズに入るよう仕込まれてるが、それもこれも、呆れるくらいガジガジの肩回り、すなわち私の弱点をなんとかしよーぜ、という方向性が見えてきたから、結構真面目に取り組んでる。「えー、なんでー、自分でカカト掴めたんだから、もーいーじゃん」と文句たれるのは卒業したんだ、エヘン。
ともあれ、本日も無事、ハーフセカンド終了。しかしこう暑いと、さすがにバテるというか、胸が気持ち悪くてオエッとくる。ドロップバック1回やるごとに餌付くってのも、夏の風物詩ってことで(笑)。
今朝は練習終了後、なぜか身体に悪いものを摂りたい衝動にかられた。市販の炭酸飲料水なんて何年も飲んでないのに(インドにいたときは別)、とりつかれたようにコンビニに駆け込み、見たこともない炭酸飲料水を購入、一気飲みして、プハー。口の中いっぱいにケミカルが広がり、なんかホッとした。変なの。
WEDENSDAY
9/1
自粛しつつのハーフセカンド
後頭部(首の付け根)のオデキが、かなり化膿してきた。ヤバイ、免疫落ちてる。さすがに痛すぎて鎮痛剤を摂る、これヤバイ。薬きいてる状態で練習、軽くて気持ちよいが、相当ヤバイ。
鎮痛剤で無感覚になると無理できちゃうので、あんまり一生けんめいやらないことにする。すべてのポーズを7割方にとどめる。エカパダ系は、手で脚を押さえてやる。カランダ、マユラーサナ、タイミングよく1回目のトライでアジャストしてもらってラッキー、超楽チン。
今日はポーズがどうのこうの、よりも、身体全体の流れを整える目的での練習ということで。
ほんとうは乃木坂のマイソールへ行くつもりだったけど、この体調ゆえ、次回へ持ち越し。
THURSDAY
9/2
とりあえず流すだけのハーフセカンド
うーん、かなりヤバい。化膿した後頭部のオデキはゴルフボール大となり、なんと他にも4か所発見・・・なんでー?
やれることだけやる練習。負担のかかる部分はスルーして、完成形は無視して、ビンヤサ重視で流す。しかし、カポタやカランダはちゃんと執着かますあたり、私やっぱりバカだー(笑)
ヴリシュチカーサナ安定してきた。ちょっとバランスをキープして留まれる。おおおー。なんてやってたら・・・肩関節に最も働きかけるやり方で床に着地するアジャストが入り、うがーっ!!!!やりやがったなー!!!と、心の中ででっかい叫び声があがる。立ち上がってからマットの上でしばし放心してブイブイ言ってたら、「カポタのとき、もうちょい肘入れないと、その肩は開かない」、と喝入れられる、くそー。やりやがったなー!コイツとぼけたふりして、相当の確信犯とみた。
練習後、変なアドレナリン出まくりで、やっぱり身体に悪いものを摂りたくなる。今朝はいきなりフラペチーノで、血糖値ガッツシ上げてく。それにしてもオデキ痛すぎ・・・。夕方病院へ行き、抗生剤を処方してもらう。
FRIDAY
9/3
おやすみです
前夜オデキの痛みで眠れず、抗生剤の副作用で下痢ピーだし、全身の疲労を感じたため練習お休み。プライマリーやりたかったにゃーとションボリしつつも、身体に悪いもの食べたい欲求がピークに達し、普段買い食いなどしないのだが(お菓子は別)、、どーせ下痢ですぐ出ちゃうんだしー、と、突然ドトールでミラノサンドなるもの購入。タイ風味のチキン入りを、バクバクほおばり、あれ?ひょっとして栄養に飢えてるのかな?と思った。確かにここんとこロクな食事してなかった。今日はちゃんと食べよう。週末は養生しよう。
2010年09月02日 23:13
これはないんじゃない?
というような辛いことがあるたびに
わたしのよわいこころは
なんでわたしなの?
なんでいまなの?
と何度も繰り返し尋ねてた
なんで、いまここで、このわたしが
こんな目にあわなきゃならないの?
そんな恨み辛みに呑みこまれ
こころを千切られるような悲しみから
目をそむけようと必死だった
運命という大きな力の前で
抗うすべを失い
自分の欲を放棄し
ただ受け入れるしかない
その瞬間まで
無為な戦いは続いてた

「病者の祈り」
大事をなそうとして
力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと
弱さを授かった
より偉大なことができるように
健康を求めたのに
より良きことができるようにと
病弱を与えられた
幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった
世の人びとの賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
神の前にひざまづくようにと
弱さを授かった
人生を享楽しようと
あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと
いのちを授かった
求めたものはひとつとして
与えられなかったが
願いはすべて聞きとどけられた
神のみこころに添わぬ者であるにかかわらず
心の中の言い表せない祈りは
すべてかなえられた
私はあらゆる人の中で
もっとも豊かに祝福されたのだ
(ニューヨーク大学リハビリテーション研究所の壁に刻まれている無名一患者の作)
A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED
I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey...
I asked for health, that I might do greater things
I was given infirmity, that I might do better things...
I asked for riches, that I might be happy
I was given poverty, that I might be wise...
I asked for power, that I might have the praise of men
I was given weakness, that I might feel the need of God...
I asked for all things, that I might enjoy life
I was given life, I might enjoy all things...
I got nothing that I asked for - but everything I had hoped for
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.
I am among all men, most richly blessed!
Author unknown
This creed is hung on a wall at a waiting room of Institute of Rehabilitation Medicine, 400 East 34th Street NYC.








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